全国霊感商法対策弁護士連絡会
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代表世話人 弁護士 平岩敬一(横浜)
代表世話人 弁護士 郷路征記(札幌)
代表世話人 弁護士 中村周而(新潟)
代表世話人 弁護士 河田英正(岡山)
代表世話人 弁護士 山口 広(東京) |
事務局長 弁護士 川井康雄(東京)
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はじめに
本年11月14日に、自由民主党と公明党による与党「実効的な被害者救済の推進に関するPT」(以下、「与党PT」という。)の取りまとめた「実効的な被害者救済の推進に関する緊急提言」(以下、「本提言」という。)が公表され、16日には法案の概要がまとめられた(以下、「本法案」という。)。
本提言では、世界平和統一家庭連合(統一教会)の被害者の実効的救済のために、法テラスによる民事法律扶助業務の拡充、資産流出防止のための宗教法人法の改正、外為法の規制強化、及び、被害者に寄り添った相談・支援体制の構築等の施策が講じられるべきであるとされ、本法案は3年の時限立法とされている。
当連絡会は、統一教会に対する解散命令が確定するまでの間の財産散逸を防ぐため、本年5月16日、速やかに財産保全の特別措置法を成立させる必要がある旨の声明を発出し、同年7月7日、9月30日、10月13日、10月27日の各声明でも繰り返し同法の成立を求めてきた。特に、10月27日の声明においては、民事保全法に基づく保全や外為法による規制強化では財産散逸を十分に防ぐことはできず、被害救済がないがしろにされかねないことから、財産保全のための特別措置法の立法を改めて強く求めた。
与党PTにおいて統一教会被害者の救済に向けた検討がなされたことに対しては敬意を表する。しかし、本提言は、統一教会による被害の実態に即した実効性のあるものとは評価できない。真に実効的な被害者救済のため、特に財産散逸を防ぐためには本法案では全く不十分であり、以下に述べるとおり包括的な財産保全を可能とする特別措置法の立法が必要不可欠である。
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統一教会による被害の実態について
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(1)与党PTによる被害実態及び被害救済活動についての分析 |
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本提言は、解散命令請求にあたってなされた調査に基づき、統一教会の組織的不法行為によって過去40年以上の期間で少なくとも被害者1550名に総額約204億円に上る被害が生じたことを指摘する。一方で、現在は124名合計39億円の民事調停、示談交渉が行われているだけであって、民事訴訟に至っている事例は極めて少なく、民事保全手続に至っている事案はないことを指摘する。
その上で、本提言は、このように民事訴訟や民事保全手続が極めて少ない原因として、①被害者への法律相談体制が十分ではないこと、②訴訟や保全を行うための費用を捻出することが困難であること等を挙げる。
しかし、このような本提言の分析は、統一教会による被害の実態や救済の困難さを十分理解していないものと言わざるを得ない。
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(2)潜在的被害の大きさについて
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過去の消費者庁の調査によっても、一般の消費者被害事件において実際に被害の声を上げられる者は被害者の氷山の一角に過ぎないとされている。それにもかかわらず、文化庁宗務課の調査では、少なくとも1550人に対し約204億円もの被害賠償がなされてきたことが明らかになっている。また、統一教会は過去数十年にわたって組織的に不当な手段で献金を集めてきたものであるところ、統一教会が実際に集めた献金額は年数百億円に上り、累計の金額は計り知れない。これらの事実からすれば、統一教会による潜在的被害は、被害者本人の経済的被害だけでも優に1000億円を下らないと推測される。
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(3)被害救済が困難な理由
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現時点ではこのような甚大な潜在的被害者のうちの一部しか統一教会に対して損害賠償請求ができていないのは、法律相談体制が不十分であったり、訴訟費用等の問題があったりするからだけではない。
統一教会による被害の最大の特徴は、正体隠しや不安を煽った勧誘により信仰選択の自由を奪われた状態で、統一教会の教義を信仰させられ、文鮮明に絶対的に服従させられた上で、経済的・肉体的に搾取されるという点にある。
そのため、そもそも脱会しなければ自らの被害を被害と認識することはできない。また、脱会できたとしても、被害者は精神的に深い傷を負っている。統一教会の違法行為に加担させられてしまったことが、被害者として振る舞うことを躊躇わせることも少なくない。しかも、伝道教化過程で先祖因縁の恐怖を強く植え付けられており、脱会した後であっても統一教会及びその教祖文鮮明に背くことで災いが起きるのではないかという現実的な不安にさいなまれる状態が続いている者も多くいる。被害者が法律相談に赴き、さらに一歩進んで統一教会に対する損害賠償請求を決意するためには、このような精神的な傷や恐怖を乗り越えなければならない。このような理由で、被害者は、そもそも損害賠償請求ができなかったり、できるようになるまでに相当長期間を要するのが実情なのである。
被害者の実効的救済を図るためには、このような被害実態を十分踏まえた施策が講じられなければならない。
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法テラスによる民事法律扶助業務の拡充や宗教法人法上の公告や財産目録等の提出義務の特例を設けるだけでは不十分である
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(1)民事法律扶助業務の拡充の不十分さ
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本提言では、民事訴訟及び民事保全手続が極めて少ない原因についての上記の与党PTの分析に基づいて、「被害回復のために最も効果的かつ確実な方法は、個別の被害について具体的な証明手段を有する被害者が、1日も早く民事訴訟の提起等、具体的な請求手続を講じることである」とし、法テラスによる民事法律扶助業務の拡充を図るべきであるとする。
しかし、統一教会を相手とする民事訴訟は、過去の例をみても最低5年はかかり、数千頁からときに数万頁に及ぶような膨大な量の書面・証拠提出が必要になり、被害者の負担は極めて大きい。そもそも法的手続を決断すること自体が、一般の消費者事件に比べても被害者にとって極めてハードルが高いのである。そのため、弁護士も可能な限り交渉段階での解決を図ってきたというのが、これまでの救済現場の実情であった。
前記のような被害者の実態からしても、被害者に早期に民事訴訟または民事保全手続を講じることを求めることは余りに酷であり、極めて困難である。被害に遭ったものの現時点では脱会しておらず、自身の被害に気付けていない場合はもちろんのこと、脱会した被害者が精神的な傷や恐怖を乗り越えて統一教会に対して損害賠償請求を決意するには数年から十数年かかることさえある。このように、現時点ですぐに民事訴訟や民事保全手続をとることができない被害者が多数存在するのである。
このことからすれば、民事訴訟や民事保全手続を利用しやすくすることに一定の意義はあるものの、民事訴訟の提起や民事保全の申立を支援するだけでは、被害者の実効的な救済にはつながらない。
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(2)民事保全手続の限界
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民事保全手続は、飽くまで私人間での財産保全を図る手続に過ぎない。
そのため、原則として、被害者がそれぞれ別個に仮差押え手続を講じなければならない。また、申立をしても仮差押えできるのは「特定の財産」に限られてしまうため、それ以外の財産は自由に処分できてしまうことになる。既に100名を超える被害者が損害賠償請求をしているにもかかわらず、個別の仮差押えによって、それぞれ個別に特定の財産を差し押さえなければならないのは、被害者に過大な負担を強いるものであって妥当ではない。
継続的、組織的不法行為によって多数の被害者が発生している以上、個別の民事保全手続ではなく、包括的な財産保全ができる制度が必要不可欠である。
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(3)宗教法人法上の公告や財産目録等の提出義務の特例は直接財産保全の効果を有するものではない
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宗教法人法上の公告や財産目録等の提出義務の特例は、いずれも解散命令請求された宗教法人の財産や財産処分行為を現状よりも把握しやすくするものにすぎない。
具体的な財産散逸行為が確認されたとしても、結局、民事保全法に基づく保全を一部で講じる機会を得るだけであり、財産散逸行為を包括的に防止することはできない。
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(4)このように、本提言の施策では、統一教会による財産散逸行為を防止することはできず、被害者救済策として不十分である。
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包括的な財産保全を可能とする特措法の必要性、合憲性について
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(1)必要性
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前述の被害実態からすれば、被害の声を上げる者が時間の経過とともに新たに多数顕在化することは明らかである。実際、法テラスや全国統一教会被害対策弁護団には相談開始から1年が経過した現時点でも継続的に被害相談が寄せられ続けている。今後、統一教会に対する解散命令請求手続が進展するにつれて、さらに被害相談が寄せられる可能性は高い。そのため、統一教会に対する解散命令が確定した時点では、現在の124名合計約39億円をはるかに超える被害者が声を上げているという事態は容易に推測される。
また、統一教会に対する解散命令確定後の清算手続が終了すると法人が消滅するため、清算手続は、被害者が声を上げる最後の機会となる。そのため、清算手続において、被害の声を上げる者が相当増えることも容易に予想される。
仮に、現時点で、被害者がみな民事保全手続をとったとしても、保全される財産は統一教会の財産のごく一部に限られる。そのため、統一教会が民事保全によって仮差押えされた財産以外の財産を散逸させた場合には、清算手続においてこれから増え続けることが優に予想される被害者全てに対して十分な賠償をすることはできなくなってしまう。そのため、全ての被害者の実効的な救済を行うためには包括的な財産保全措置を可能にすることが必要不可欠である。
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(2)合憲性
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本提言では、会社法等の解散命令申立ての対象法人に対する保全処分と同様の法整備については、信教の自由との関係で厳格な合憲性審査基準が適用され、慎重に検討することが必要であるとされ、包括的な財産保全措置に関する具体的提言はなされなかった。
しかし、信教の自由、特に内心に留まらない宗教活動の自由は、他者の人権との調整を図るため一定の制約に服さざるを得ない。この点、厳格な合憲性審査基準が適用される精神的自由権の一つとして集会・結社の自由(憲法21条)がある。一般社団法人は、集会・結社の自由を享有しているが、そのような団体であっても、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」で、解散命令請求を受けた場合には包括的な財産保全措置が講じられ得るものとされている(同法262条)。同法は、内閣提出法案(閣法)であり、内閣法制局の厳格な憲法審査を通り、国会の審議を経て成立している。このことからすれば、包括的な財産保全措置の規定は、内閣法制局及び国会において厳格な合憲性審査基準によっても合憲であると判断されていたことになる。このような合憲と判断されている規定が、宗教法人との関係では憲法違反となる理由は見当たらない。
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結語
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10月27日の声明でも述べたところであるが、今般の文化庁の調査により旧統一教会について全国で「相当甚大」な規模での被害が確認され、文部科学大臣により宗教法人法に基づく解散命令請求が行われた以上は、もはや被害者救済のための財産保全も、基本的には個々の被害者の自助努力に委ねられるべきものではない。国として正面から法整備をして対応すべきものである。
そして、解散命令請求された宗教法人に対して包括的な財産保全措置を可能にする特別措置法は必要不可欠であって、かつ、憲法上も十分に可能である。
よって、当連絡会としては、全ての被害者の実効的な救済のために、与野党が党派を超えて速やかに協議を行い、包括的な財産保全措置を可能とする特別措置法を成立させていただくよう改めて強く求める。
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以上 |