◆損害賠償請求事件 東京地裁判決(平成12年4月24日)

平成8年●第4437号 損害賠償請求事件
平成12年1月26日口頭弁論終結・同年4月24日判決言渡

判 決

東京都杉並区
原  告 H・M
右訴訟代理人弁護士 山 口   広
古 田 典 子
垣 鍔 公 良
東京都渋谷区松濤一丁目一番二号
被  告 世界基督教統一神霊協会
右代表者代表役員 櫻 井 設 雄
右訴訟代理人弁護士 鐘 築   優
長野県松本市
被  告 A
右訴訟代理人弁護士 中 元 信 武

主    文

 被告らは、原告に対し、各自金7594万円 及び金8694万円に対する昭和61年10月 7日から平成9年10月19日まで、金8394万円に対する同年10月20日から同年12月24日まで、金7994万円に対する同年12月25日から平成10年2月8日まで、金7794万円に対する同年2月9日から同年7月5日まで、金7594万円に対する同年7月6日から支払済みまで各年五分の割合による金員を支払え。
 原告のその余の請求を棄却する。
 訴訟費用はこれを10分し、その1を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
 この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一 請求
 被告らは、原告に対し、各自金8284万円 (中略)を支払え。

第二 事案の概要(この項は一部省略あり、編集部注)
一 本件は、原告が、被告統一協会の信者である被告A及びBらから勧誘を受け、3回にわたって物品の展示会場などに連れて行かれ、同所において霊能者ないし霊能師と称する者から脅迫を受け、それにより多宝塔、高麗人参濃縮液及び釈迦塔の購入を承諾させられた結果、合計8400万円を支払わされ、また、右脅迫により精神的苦痛を被ったとして、被告Aに対しては不法行為に基づく損害賠償として、被告統一協会に対しては不法行為ないし使用者責任に基づく損害賠償として、右購入代金相当額から被告Aが返還した金額及び原告が費消した人参液の代金相当分を控除した残額、慰謝料及び弁護士費用並びに右各金員に対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

二 争いのない事実等
 1 原告は、大正12年5月、佐賀県で出生した。高等女学校を卒業後、同年10月にAと結婚し、長男を出産したが、Aは、昭和20年6月に出征先のフィリピンで戦死した。

 その後、原告は、昭和28年12月、Hと再婚したが、Hは昭和55年6月死亡した。

 Hには、最初の妻Sとの間に7人の子がいた が、これらの子は1人を除いていずれも幼くして死亡している。また、Sは昭和22年に死亡し、その後Hは、Kと再婚しているが、5年程後に離婚した。
 原告とHとの間には、長女であるTがおり、Tは昭和54年5月に結婚して、東京都内で居住していた。しかしながら、T夫婦の関係が円滑にいかないこともあったため、原告が上京して、T夫婦と一緒に生活したり、Tが一旦帰省したりすることもあった。なお、T夫婦の間には、昭和58年12月に長男が、昭和63年1月に長女がそれぞれ誕生している。
 原告は、昭和61年2月当時、62才でTの東京都内の居宅に居住し、家事手伝いや孫の世話等をして生活していた。
 2 被告統一協会は、韓国国籍の文鮮明を創始者とする宗教団体であり、日本国内においては昭和39年に設立登記された宗教法人である。

 3 被告Aは、昭和60年7月に被告統一協会に入信した後、信者組織である西東京ブロック第4地区に所属した。また、同年9月ころ、被告統一協会の信者が中心となって運営する右第4地区のB店舗ないし有限会社大心商会に就職し、昭和61年2月当時、右大心商会で印鑑、壺等の販売活動に従事していた。

 4 Bは、昭和58年に被告統一協会に入信し、昭和61年2月当時、前記西東京ブロック第4地区に所属するとともに、東京都杉並区荻窪所在のビデオセンターの手伝いとして活動してい た。

三 争 点
 1 本件各物品の販売行為の違法性の有無
 2 被告統一協会の信者が行った本件各物品の販売行為が違法であった場合に被告統一協会がその損害賠償責任を負うか否か
 3 損害額

四 原告の主張(この項略)

五 被告統一協会の主張(この項略)

六 被告Aの主張(この項略)

第三 当裁判所の判断
一 本件事実経過の概要(この項略)

二 以上の認定事実を前提として争点について判 断する。
 1 争点1について
 ● 一般に、宗教の信者が存在の定かではない先祖の因縁や霊界等の話を述べて献金ないし物品販売を勧誘する行為は、その動機が社会的に見ても正当な目的に基づくものであり、かつ、その方法や結果が社会通念に照らして相当である限り、正当な宗教的活動の範囲内にあるものと認められ、これを違法であると評価することはできな い。
 しかしながら、当該献金ないし物品販売を勧誘する行為が、右範囲を逸脱し、その目的が専ら利益獲得にあるなど不当な目的に基づく場合、あるいは先祖の因縁や霊界の話等を引き合いに、そのことによる害悪を告知するなどしてことさらに相手方の不安をあおり、困惑に陥れるなどの不相当な方法による場合には、もはや当該勧誘行為は、社会的に相当なものとは言い難く、民法が規定する不法行為との関連において違法の評価を受けるものといわなければならない。
 ● そこで本件各物品の販売行為が社会的に相当なものといえるか否かについて検討するに、前記認定事実によれば、Cら本件各物品販売を担当した被告統一協会の信者は、一体となって、あらかじめ原告の家庭環境や資産状況を把握した上で、原告に対し、強い口調で、殺傷因縁ないし色情因縁といった宗教的な言葉を使い、これを原告の家庭環境上の問題の原因であると断言し、このような問題を回避するためには宗教的な意味合いを有する高額の物品を購入しなければならず、これを断るならば原告の家族にさらなる不幸が起きるなどと執拗に害悪を説いて家族のことで悩みを抱える原告の不安をあおって困惑に陥れ、原告が展示会場から退去しようとするやさらに害悪を告知して引き留めるなどいわば軟禁状態に近い状態に置いて長時間にわたって執拗に物品を購入するよう勧誘を継続し、その結果、3回にわたり、原告が夫の遺産として取得した財産の大部分に相当する合計8400万円もの物品購入を承諾させたものであることが認められ、また、右各物品購入についてCらは原告に対し、Tら家人に対して口外しないよう申し渡しているが、その目的は原告が本件各物品を購入したことを家人に知られることにより脅迫的な勧誘に対するクレームを付けられることを防ぐためであったものと推認でき、さらに、原告が購入を承諾した後、代金の支払までの間、被告Aら被告統一協会の信者がほぼ常時付き添っていたが、その目的は、原告において購入の意思を翻すことなく確実に代金の支払をするよう監視するものであったものと推認できる。
 以上によれば、被告統一協会の信者による本件各物品の販売行為は、たとえその目的が何らかの宗教活動の一環という面を有するとしても、その方法及び結果において、到底社会通念に照らして相当な行為であるとはいえず、明らかに違法な行為といわなければならない。
 ● そして、被告Aは、前記認定のとおり多宝塔の販売に際しては自らも原告にその購入を迫った外、原告が人参液を購入した際にも、原告をビデオセンターに連れ出してそのまま展示会場まで同道し、原告が人参液の購入代金を用意するため、◎◎市の原告の実家に戻る際には原告の孫を預かっていることや、原告が釈迦塔を購入する際には、原告を熱海の中田屋旅館に呼び出してそのまま展示会場まで同道し、原告が釈迦塔の購入代金を用意する際には羽田空港から福岡空港まで同行していることからすれば、右記載の各行為を行った当時、原告が前記脅迫的な方法により人参液ないし釈迦塔を購入させられることを十分認識した上、他の信者と一体になって行動していたものと推認できる。したがって、被告Aは、民法709条、719条により、原告が本件各物品販売に関して被った損害につき損害賠償の責任を負うものというべきである。

 2 争点2について
 ● 宗教法人は、その信者が第三者に加えた損害について、当該信者との間に雇用等の契約関係を有しない場合であっても、当該信者に対する直接又は間接の指揮監督関係を有しており、かつ、加害行為が当該宗教法人の宗教的活動等の事業の執行等につきなされたものと認められるときは、民法715条所定の使用者責任を負うものというべきである。また、宗教法人の信者が当該宗教法人と別個の組織を構成し、各信者が信者組織の意思決定に従って宗教的活動又はこれに付随する活動を行う場合においても、宗教法人と右信者組織が実質的に一体であると認められる場合、あるいは右信者組織と当該宗教法人との間に実質的な指揮監督関係が認められる場合には、当該宗教法人は、右信者組織の意思決定に従った信者による右加害行為についても使用者責任を負うと解すべきである。
 ● そこで本件についてみるに、前記認定の各事実に加え、後記認定事実中に掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ る。
 ● 被告統一協会の創始者ないし幹部の指示
 ア 文鮮明は、被告統一協会の信者に対して行う説教の中で、再三にわたり、万物復帰と称する資金集めのための経済活動を行うように被告統一協会の信者に対し指示、扇動している。(甲A6、甲A7、甲A9、甲A10、甲A16、甲A53、甲A54、甲A56)
 イ 被告統一協会の幹部は、被告統一協会の機関誌等により、再三にわたり、被告統一協会の信者に対し、万物復帰を行うよう指示している。 (甲A1、甲A4、甲A5、甲A8)
 また、被告統一協会の幹部が、機関誌に掲載する以外の方法によって、直接ないし間接的に被告統一協会の信者に対し万物復帰を行うよう指示している。(甲A16、甲A21、甲A35の2、甲A36、甲A40、甲A57)
 さらに、被告統一協会の幹部は、組織全体で100億円の売上げを達成するという趣旨の「TV一〇〇」等の標語を用いて、被告統一協会の信者に対し、販売活動の推進を督励していた。(甲9、甲A16、D証言)
 ウ 昭和63年1月7日及び8日、多宝塔等の販売担当者を対象とした「全国トーカー修練会」と称する会合が開催され、右会合に、当時被告統一協会の伝道局長であった桜井設雄が出席し、被告統一協会の信者らに対し、経済活動を積極的に推進するよう督励する旨の講演を行っている。 (甲A58、甲A68の1、2)
 ● 物品販売活動における被告統一協会の信者の関与
 ア 被告統一協会の信者が関与したいわゆる霊感商法事件が複数件発生しており、かつその方法が、顧客の悩み等を聞き出した上で、色情因縁、殺傷因縁、財の因縁等の先祖の因縁がこれまでの顧客の不幸の原因であり、かつこのままではこれからも顧客ないしその関係者に不幸が起こるなどと申し向け、右不幸を避ける方法として人参液、壺等の物品の購入を承諾させるなどの点で、本件とも手口は極めて類似している。(甲9、甲14の1、2、甲17の3、甲A14の1ないし18、甲A16、甲A19の1、2、甲A22の1ないし18、甲A35の2、甲A36、甲A40、甲A57)
 本件においても、多宝塔等の販売を担当した西東京ブロック第4地区の構成員はすべて被告統一協会の信者であり、かつ、前記認定のとおり、原告に対して申し向けた内容も前記霊感商法における勧誘文言と類似している。また、右勧誘の際、被告Aら被告統一協会の信者が、戸別訪問や街頭での勧誘活動を通じて顧客と接触して、店長やチームマザーと称する信者の指示のもとで、ケアー壮婦と称する信者らと共に再三にわたって展示会場に勧誘し、右展示会場においては、タワー長と称する販売活動を統括する者、トーカーと称する壺や多宝塔の購入を説得する役割の者等に分かれて、顧客に壺や多宝塔を購入するように説得していた。(甲2、甲A62、D証言、被告A本人)
 イ 被告統一協会の信者の間では、万物復帰が被告統一協会の教理の伝道活動と同様に重要な活動とみなされており、万物復帰の実践として、マナと称する人参液や多宝塔等の販売活動が行われていた。(甲9、甲19、甲A1、甲A10、 甲A16、甲A21、甲A35の1ないし甲A36、甲A49、甲A51、甲A52、甲A54、甲A57)
 本件においても、Cは、万物復帰の実践として人参液等の販売活動を行っていた旨証言している。(C証言)
 ● 販売組織と被告統一協会との人的交流等
 ア 昭和46年、被告統一協会の第2事業部を母体として、人参液等の物品販売等を業とする幸世商事株式会社(後に株式会社ハッピーワールドに社名変更)が設立され、人参液等の販売活動が行われており、かつ、右ハッピーワールドもこれが被告統一協会の第2事業部であると認識されていた時期がある。(甲A48、甲A70の9)
 次に、被告統一協会の指示により、右ハッピーワールド等物品販売会社への信者の人事異動ないし人事交流が行われている。(甲A2、甲A70の11)
 また、本件物品販売当時、右幸世商事株式会社の代表取締役及び信者組織である連絡協議会の責任者に就任していたEは、昭和53年ころ、被告統一協会の幹部として扱われており、Eは、物品販売活動に関し、文鮮明の指示を直接受けていた。(甲A4、甲A21)
 さらに、右幸世商事株式会社の外、被告統一協会の信者によって設立された企業内部で問題が起きた場合は、文鮮明に指示を仰ぐことがあった。(甲A70の11)
 そして、被告統一協会の幹部と右企業の幹部とが、被告統一協会の伝道活動について協議を行っていたことがある。(甲A70の11、12)
 イ 昭和62年1月、全国で1年以上のトーカーとしての経験を積んだ者が集まったトーカー修練会が開催された際、当時被告統一協会の伝道局長であった桜井設雄は、トーカーの人事異動を発表している。(甲A16)
 ウ 信者組織の経済活動が被告統一協会の活動そのものであり、また、被告統一協会の布教所である教会が信者組織である連絡協議会傘下のブロックの下部組織に位置づけられていたとの認識を持っていた信者が複数名おり、また、被告統一協会の鹿児島教区ないしブロックにおいては、信者組織の経済活動と被告統一協会の伝道活動とが同一の予定表に記載されていた。(甲9、甲A一16、甲A18、甲A21、甲A27、甲A35の2、甲A36、甲A38ないし41の3、甲A52、甲A57)
 本件においても、Dは、被告Aの所属する西東京第四ブロックの組織及びその中のA店舗、B店舗、支部等の組織を被告統一協会の信者が作った組織である旨証言している。(D証言)
 エ 昭和57年ころ、後楽園ホールにおいて、被告統一協会所管の物品販売組織と物品販売を行う被告統一協会の信者組織が合体する旨宣言する式典が開催された。(甲9)
 ● 物品の販売活動と被告統一協会の教理との関連性
 前記万物復帰と称する概念は、被告統一協会の教理上の概念であることが認められ、また、被告統一協会の教理において言及される霊界、堕落 論、復帰摂理の失敗といった概念と、物品の販売活動において用いられる先祖の因縁、色情因縁、殺傷因縁等の概念とは極めて近似性が認められる外、物品販売活動と被告統一協会の教理の伝道活動とは密接に連携していた。(甲9、甲A14の1、5、9、甲A16、甲A19の1、2、甲A21、甲A36、甲A40、甲A57)
 本件においても、Cが、文鮮明ないしその信じる神様に対して顧客が多宝塔を授かって救われるように祈っていた旨証言するなど、物品販売活動と文鮮明ないし被告統一協会の教理との密接な関連性が認められる(C証言)外、被告Aは、昭和61年当時、西東京ブロック第4地区の活動として、被告統一協会の教理である統一原理を伝道するために、ビデオセンター等に友人等を連れていく伝道活動を行っていたこと、また、展示会に勧誘した顧客を統一協会につなげたい と考えていたことを供述しており(被告A本 人)、かつ、前記のとおり、原告は、多宝塔の購入後、被告Aらの指示により、ビデオセンターに通い、被告統一協会の教理について学習をしている。
 ● 経済活動によって獲得した利益の帰属について
 文鮮明は、万物復帰によって得た利益は活動に従事する者に帰属してはならないと言明しており、被告統一協会の信者においても、経済活動によって獲得した利益は最終的に文鮮明のもとへ集められると教えられ、個々の信者には、食費及び小額の小遣いが支払われるのみであった。(甲9、甲A6、甲A21、甲A35の2、甲A36、甲A40、甲A56、甲A57)
 また、被告統一協会岩見沢教会について、右教会が物品販売に関与していることをうかがわせる記載がされた会計帳簿類が存在する。(甲A42の1ないし甲A43の16)
 さらに、連絡協議会の関西ブロック大阪第1地区B店舗及び第3地区A店舗、鹿児島地区等の被告統一協会の信者組織においては、経済活動による利益や信者個人による借入金を経理上の操作により隠匿して、これを被告統一協会に送金していた。(甲A21、甲A27、甲A35の2、甲A36ないし甲A40)
 本件においても、被告Aは、商品を販売しても商品の販売量に応じた販売手数料等を受領することなく、すべて会計を担当する者に渡してお り、小遣いを受領していたにすぎない旨供述し (被告A本人)、また、Dも、委託販売員は直接手数料を受領しておらず、小遣いとして約1万5000円の金員を受領していたにすぎないと証言している(D証言)。
 ● 以上認定の各事実を総合して判断すれば、本件を含め、被告統一協会と連絡協議会等の物品販売活動を行う信者組織との間には、少なくとも実質的な指揮監督関係が存在するものと推認で き、多宝塔等の物品の販売活動に従事した被告統一協会の信者らは、民法715条所定の被告統一協会の被用者の地位にあるものと認められる。
 また、前記認定の事実によれば、かかる物品の販売活動は被告統一協会の教理の実践としてなされており、かつ、右販売活動によって獲得した利益の大部分は被告統一協会に帰属しているものと認められるから、本件各物品販売を含めた物品の販売活動は被告統一協会の事業の執行についてなされているものと認められる。本件における被告Aらによる原告に対する本件各物品の販売活動も、形式上会社法人である大心商会と原告との取引という形態をとっているとはいえ、被告統一協会の事業の執行についてなされたものであることは明らかである。
 したがって、被告統一協会は、争点1において認定した、被告Aらによる原告に対する違法な物品販売行為について民法715条所定の使用者責任を負っていることになるから、これにより原告が被った損害を賠償する義務を負う。
 ● 他方、被告統一協会は、前記のとおり、被告統一協会と多宝塔等の物品の販売活動を行う信者組織とは別個独立のものであり、何ら指揮監督関係がない旨主張し、右主張に沿う乙イ4、乙イ7、乙イ8の1ないし乙イ11、被告A本人の供述、D証言、C証言があるが、いずれも採用できない。

 3 争点3について
 ● 損害額
 ● 財産上の損害
 原告は、前記認定のとおり、被告Aらの不法行為により、被告Aらに対し、多宝塔、人参液及び釈迦塔の代金名下に合計8400万円を交付したこと及びその後500万円を返金されていることが認められる。したがって、右8400万円から500万円を控除した7900万円が損害であると認められる。
 ● 慰謝料
 本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、原告が前記被告統一協会及び被告Aらによる前記不法行為によって受けた精神的損害を慰謝するには100万円が相当であると認められる。
 ● 弁護士費用
 原告が、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事案の概要、審理経過、認容額等に照らせば、本件と相当因果関係にある弁護士費用は790万円をもって相当と認められる。
 ● なお、前記のとおり、原告が交付を受けた人参液12本分の売買代金相当額96万円を損害額から控除し、被告Aが代理人である中元信武弁護士の名義で、平成9年10月20日に300万円、同年12月25日に400万円、平成10年2月9日に200万円、同年7月6日に200万円の合計1100万円を、いずれも原告に支払っているから、原告の主張するとおり、これらを順次損害額の元本から控除する。
 ● 損害額に関する被告らの主張について
 被告統一協会は、昭和62年6月11日、大心商会ないし被告Aと原告との間で500万円の返還債務の外、何らの債権債務のないことが確認されており、かつ右500万円は原告に支払われているから、原告に損害がない旨主張する。
 証拠(甲1、乙ハ1、原告本人)によれば、原告は、本件各物品の購入代金を支払ったために生活に窮していたことから、昭和62年1月頃、CやBに対して生活の窮状を訴えて金員の返還を求めたところ、Bは、原告に対し、「少しでもお金を返してもらうように取り計らってみ る。」と言い、その後Bから「とりあえず500万円だけ分割で返してもらうことになった。Fという女性が書類を持ってくるからそれにサインして下さい。その書類にサインしないとお金を返してもらえないから。」との連絡を受けたこと、その後間もなくFが合意解約書と題する書面(以下「本件解約書」という。)を持って原告方を訪ねて来たため、原告がそれに署名押印したこと、本件解約書には、大心商会委託販売員Aを甲、原告を乙とし、甲乙間で昭和61年3月25日に締結した人参液500本(4000万円相当)の売買契約を合意解除し、再度人参液1500万円分の売買契約を締結すること、甲は右代金の差額のうち500万円を1回50万円宛計10回に分割して支払うこと、甲と乙との間には本件解約書に定める以外には何らの債権債務が存在しないことを確認し、今後一切異議の申し立てをしないものとするとの記載があること、原告は大心商会という会社がどのような会社か知らないし、説明を受けたこともないことが認められる。
 右事実によれば、本件解約書は、人参液の売買契約について作成されたものであって、その他の物品について作成されたものではないことが文言上明らかであるから、その他の物品の売買契約や物品販売に関連した不法行為に基づく損害賠償請求債権については何らの影響も与えないものというべきである。
 そして、人参液の売買契約に関しても、前示のとおり、本件解約書作成までに原告は2000万円の代金を株式を引き渡すことによって支払っているにもかかわらず、1本8万円の人参液12本(96万円相当)しか受領していないことからすると、本件解約書に基づく合意が有効であるとすれば、原告は人参液の残額分の引渡請求権も失うことになるから、結局、約1900万円相当額の人参液の引渡請求権あるいは同額の代金返還請求権を500万円で譲渡するのと同じことになり、合意書作成以前よりもさらに不利な状況に置かれることになる。しかしながら、右認定の事実関係からすれば、原告が500万円以上の金員の返還請求を放棄する意思を有していたとは認め難いだけではなく、合意成立以前より不利益な結果になることを認容していたものとも認め難いことからすれば、原告が本件解約書に署名捺印する際、その記載内容を理解していたものとは認め難い。
 したがって、原告と被告Aとの間で右合意が成立したとは認められず、仮に、原告が本件解約書の内容を理解した上で、署名押印したとすれば、右合意は原告の窮状に乗じてされたものとして公序良俗に反し無効であるというほかはない。よって、この点に関する被告統一協会の主張は理由がない。
 また、被告統一協会は、多宝塔が原告に引き渡されたことを前提に、多宝塔の客観的価値相当額についての損益相殺を主張するが、前記認定の事実関係の下では、多宝塔に関する売買契約は公序良俗に反し、無効であるというべきであり、多宝塔は現に被告統一協会の他の信者の手元にあるというのであるから、原告は多宝塔について所有も占有もしていない。したがって、その余の点を判断するまでもなく右損益相殺の主張は理由がな い。
 ● したがって、原告の請求は、被告らに対 し、各自損害額合計8790万円から右控除分1196万円を差し引いた7594万円及び8694万円に対する昭和61年10月7日から平成9年10月19日まで、8394万円に対する同年10月20日から同年12月24日まで、7994万円に対する同年12月25日から平成10年2月8日まで、7794万円に対する同年2月9日から同年7月5日まで、7594万円に対する同年7月6日から支払済みまで、それぞれ民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求については理由がない。

第四 結 論
 以上のとおりであるから、原告の請求は、被告らに対し、各自7594万円及び8694万円に対する昭和61年10月7日から平成9年10月19日まで、8394万円に対する同年10月20日から同年12月24日まで、7994万円に対する同年12月25日から平成10年2月8日まで、7794万円に対する同年2月9日から同年7月5日まで、7594万円に対する同年7月6日から支払済みまで、それぞれ民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法61条、64条本文、65条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第13部
裁判長裁判官 高 田 健 一
裁判官 内 藤 正 之
裁判官 衣 斐 瑞 穂