◆損害賠償請求事件 札幌地裁判決(平成24年3月29日)【理由部分抜粋】

目次
第1章 統一協会の信者による経済活動
  第1 わが国における信者の経済活動の概要
  第2 霊感商法と呼ばれた経済活動について
  第3 霊感商法以外の経済活動
  第4 経済活動に関する被告の主張について

第2章 統一協会の信者による伝道・教化活動
  第1 伝道活動及び教化活動の意味
  第2 従前裁判例の状況
  第3 若者に対する伝道・教化活動について
  第4 壮婦に対する伝道・教化活動について

第3章 原告らの入信及び脱会の経緯
 (中略)

第4章 被告の損害賠償責任
  第1 宗教活動の自由の限界
  第2 統一協会の伝道・教化活動の特徴
  第3 統一協会の経済活動の特徴
  第4 統一協会の信者の伝道・教化活動の違法性
  第5 統一協会の原告らに対する損害賠償責任
  第6 伝道・教化活動の活動主体に関する被告の主張について
  第7 消滅時効の成否について
  第8 除斥期間について
  第9 被告の損害賠償債務が遅滞に陥る時期について
  第10結論





第1章 統一協会の信者による経済活動
第1 わが国における信者の経済活動の概要
 信者による経済活動とは、統一協会に経済的利益(すなわち金銭)をもたらす活動である。宗教団体は、他の団体や企業と同様、団体を維持し様々な活動を行うため金銭を必要とするため、献金を集めるほか、一定の収益活動を行っているのが通常である。
 統一協会の場合、わが国で出版事業や不動産賃貸事業といった収益活動をしていることを認めるに足る証拠はなく、以下に認定のとおり、わが国においては、信者に献金や物品購入をさせるほか、信者以外の者にも献金や物品購入をさせ、それら四つの手段で拠出させた金銭を得ることを収益活動としている。
 すなわち、統一協会の信者の経済活動とは、自らする献金及び物品購入のための資金集め、信者以外の者にも献金や物品購入を勧誘しての資金集めであり、要するに集金活動である。
目次へ↑

第2 霊感商法と呼ばれた経済活動について

 霊感商法に関しては、福岡地方裁判所平成11 年1216日判決(判例時報1717号128頁。最高裁判所の決定により確定)、大阪地方裁判所平成131130日判決(判例タイムズ1116号180頁)がある。
 それら判決に加え、いわゆる霊感商法として社会問題となった壷や多宝塔等の販売活動の実際について、次の事実を認定することができる。
 統一協会の信者は、昭和39年6月、伝道活動の費用を捻出するため、廃品回収等を業とする「幸世(こうせい)物産株式会社」を設立した。その後、昭和46年5月には、高麗人参茶及び高麗大理石壷の販売等を業とする「幸世(しあわせ)商事株式会社」が設立され、昭和53年11月、商号が現在のハッピーワールドとなった。ハッピーワールドの設立当初の代表取締役は増田勝であり、昭和47年12月には古田元男が代表取締役に、昭和60年1月には小柳定夫が代表取締役副社長に、それぞれ就任した。増田勝、古田元男及び小柳定夫は、いずれも被告の草創期からの古い信者である。
 ハッピーワールドは、昭和48年の8月から9月にかけて全国を3分割した販売地域に分け、各地域には販売会社が設立された。その後も、販売の拡大に伴い、各販売地域が更に分割されて新たな販売会社が設立され、ハッピーワールドと各販売会社は「しあわせグループ」と呼ばれていた。また、各販売会社の下には特約店が設立された。
 ハッピーワールドの取扱商品は、韓国から輸入する高麗人参茶や高麗大理石壷などであり、各販売会社から特約店を通して委託販売員によって販売されていた。また、特約店が独自に仕入れていた印章も販売されていた。それらの販売方法は、当初は委託販売員による訪問販売が中心であったが、後にホテル等を会場とする展示販売がされるようになり、高麗大理石壷や多宝塔を販売する展示会が行われた。
 高麗人参茶については、信者は昭和46年ころから販売活動を行っていたが、その際には、石油不足やインフレーションの話題を意識的に取り入れ、商品が値上がりするのではないかと思わせて販売するといった強引な販売方法がとられることもあった。
 昭和53年から54年頃以降、統一協会の信者から、先祖の霊が苦しんでいるとか、先祖の因縁を説かれるなどして、高価な印章、壷、多宝塔等を購入した多くの者が、国民生活センターや各地の消費生活センターに苦情を寄せるようになり、こうした手法は、一般に「霊感商法」と呼ばれるようになった。
 昭和58年7月には、統一協会の信者複数名が、青森県弘前市において、堕胎した胎児や病死した夫が成仏できずに苦しんでおり、このままでは娘が不幸になる、全財産を投げ出せば霊を成仏させることができるなどと迫り、被害女性に1200万円を支払わせたということがあり、同信者らは、恐喝罪に問われ有罪判決を受けた。
 いわゆる霊感商法に係る物品の具体的な販売方法について記載された文書があり、統一協会の信者は、日本全国で、概ねその記載どおりの方法で販売活動を行っていた。
 壷の販売勧誘方法を記載した文書としては「ハッピーワールド販売促進資料集」と題する文書(甲B9)があった。
(中略)
 印章の販売勧誘方法を記載した文書(甲B10)には、@「印相協会」を名乗って戸別訪問をし、手相を見せてもらう、A手相を褒めた上で問題を指摘し、名前が悪いのかも知れないと話して姓名判断を行う、B相手方だけでなく家族の姓名判断も行い、相手方の家庭における最大の問題を探し出す、C問題点を指摘し、開運方法として印章の話題を持ち出し、相手方が使っている印章を見せてもらう、D印相鑑定を行い、印相が悪いと指摘する、E霊界の話題を出し、先祖供養の必要性を説いて印章を新しく作るよう勧めるF3、4、7、12、21、40といった数字に意味があるといった話をしながら、高額な値段から提示し、印章の購入に持ち込む、といった具体的な販売方法とともに、G「応酬話法」として、夫に相談してから決めたいなどの理由で購入に消極的な姿勢を示した相手方に対する対応方法が記載されていた。
 大阪地方裁判所平成13年11月30日判決の事案においては、次のような手法により、信者でない相手方に、多額の商品購入代金や献金を支出させた。(中略)
 別の「ハッピーワールド販売促進資料集」と題する文書(甲B6)には、表紙には、韓国の大理石壷製造工場における文鮮明の写真や「統一協会教祖・文鮮明師の署名」と付された署名が掲載されている。(中略)
 ハッピーワールドは、昭和62年3月31日限りで大理石壷や多宝塔の輸入を停止し、いわゆる霊感商法と呼ばれる物品販売活動はされなくなった。
目次へ↑
第3 霊感商法以外の経済活動
物販展
A昭和62年ころ以降(いわゆる霊感商法により壷や多宝塔等の販売がされなくなったころ以降)、北アクレインを主催者とする物販展(宝石、着物、絵画など)、「健康の友の会」を主催者とする健康講演会や健康フェアを行い、あるいは「おりじなるマインド」という店舗において、教育過程にある受講生や信者の親族・友人を動員し、宝石、着物、絵画、高麗人参茶、遠赤外線サウナ、化粧品等を販売していた。信者は、物販展に際して、動員人数と売上金額の目標を定めたノミネート表を作成していた。
 各信者が毎月記入するノミネート表には、物販展への動員人数と売上金額の目標を記載する欄のほか、12名の動員対象者の氏名を書き入れる欄があり、対象者ごとに、その年齢、関係、信頼度(当該信者が信頼されている度合い)、経済力、決定権、関心度、状況(何度目の動員か等)、動員日、方法、結果を記載する欄が設けられている。
B物販展に誘う際には、サタンに入られないよう、@招待制であること、Aコンサルタントが付いてくれること、B2時間くらい時間をとって欲しいこと、C自分も買ったと告げること、Dあなたも買ってねと告げること、の5点(いわゆる「5大トーク」)については必ず言わなければならないとの指導が徹底されていた。
C相手方が物販展に行くことを了承した場合の対応について記載された文書もあり、そこには、@摂理を意識して物販展全体の目標達成と相手方の救いを祈ること、A必ず当日までに相手方のもとを訪問してパンフレットを渡すとともに、持っている着物・宝石や趣味、性格等相手方のことをよく把握すること、B前日には待ち合わせ場所や時間の確認のため電話をし、5大トークをまだ言い切れていない場合には必ず言うこと、C物販展を終えた翌日には再び電話をすること、相手方が物品を購入した場合には、翌日になって不安になることもあるので母親のような立場でフォローすることなどが記載されている。
 絵画展において、相手方が、見るだけのつもりで来た、お金がない、夫に相談しないと決められないといった理由で購入に消極的な姿勢を見せた場合に、最終的に絵画を購入させるためにとるべき対応について記載した文書があり、そこには、相手方の断りの理由ごとに説得文言が具体的に記載されている。
・物販展においては、責任者であるタワー長(ディレクターと呼ばれることもある。)を中心に、コンサルタントを務める信者と当該顧客を動員した信者(担当者と呼ばれる。)が連携して販売活動が行われ、タワー長は神、コンサルタントはメシアの代身であると教えられる。担当者又はコンサルタントを務める信者は、事前に、物販展における販売活動の流れ、自分が果たすべき役割、契約の仕方などについて文書や講義により学び、特に、どの段階でタワー長に報告し指示を仰ぐのかという点については細かく指導されていた。コンサルタントを務める信者は、販売する商品に関する知識(絵画や毛皮の魅力、種類、管理方法など)についても、コンサルタント向けに作成された文書や講義などを通して事前に学んでいた。
目次へ↑
高麗人参茶の販売
 高麗人参茶(1個当たり8万円)の販売活動においても物販展と同様、物販展のノミネート表と類似した顧客管理表を作成し、各顧客について、信頼度、決定権、購入個数のほか、当該顧客やその家族の健康状態に関するニード、販売後に当該顧客に対して行ったアフターケアの内容、販売目標などを記載するなどして管理していた。
 また、高麗人参茶については、真の父母である文氏夫妻の血と汗と涙の一滴であり、天から与えられた物であって、高麗人参茶の販売活動は韓国を救い世界を復帰するための重要な活動であること、統一原理を知らなくても、高麗人参茶を購入することは文氏を受け入れたことを意味し、復帰されやすくなることなどが教えられていた。
献金
 統一協会のブロックや支部では、伝道活動の目標(コース決定や各種セミナーの参加人数)以外に、物品販売活動や献金伝道活動の目標金額が設定されており、個々の信者ごとに目標金額が定められることもあった。
 献金については、摂理として献金目標が設定されることも多く、信者は、摂理が失敗すれば日本に大地震が起こるなどと説明され、目標達成が強く求められた。
マイクロ活動
 マイクロ活動は、時期や地域によって多少差異はあるものの、6、7人のチームを組み、改造したマイクロバスやワゴン車に寝泊まりしながら、各都道府県を転々とし、連日、戸別訪問して珍味等を販売するというものである。信者は、物品を販売する際、ボランティア団体を装ったり、民間企業の社員を名乗るなどし、決して、自分が統一協会の信者であることを明らかにすることはなかった。
 マイクロ活動には売上目標が設定されており、信者は、朝早くから戸別訪問を繰り返し、目標達成まで車には帰らず、帰っても、再度深夜の飲屋街に訪問販売に出掛けるなど、過酷な生活を送るものである。また、サタンに付け入る隙を与えないよう家と家の間は走るよう指導されたり、売上げが目標に達しなければ断食を要求される場合もある。入浴は週に2回程度であった。
販売手数料(リベート)
 信者に対しては、物販展での売上やマイクロ活動による各人の売上の一定割合が販売手数料として割り当てられるが、販売手数料は、会計担当の信者が管理しており、信者の意向により献金に回されることがあるほか、支部の運営費等に用いられたり、上部組織に上納されることもあり、販売手数料が実際に信者の手元に現金で渡されることはほとんどなかった。
 信者は、販売手数料で未払の献金(祝福献金など)を納めようとして積極的にマイクロ活動に参加する場合もあった。
信者を経済活動に駆り立てる心情(万物復帰)
 信者は、万物復帰とはサタンの支配下にある万物(お金)を神(統一協会)の側に取り戻し、万物復帰を推し進める目的で行われる活動であると教えられ、そう信じていた。
 また、信者は、販売する商品はすべて神の側の物であり、神の側の物品を購入することによって信者でない購買者とその背後にいる先祖の救いになると教えられ、そう信じていた。
 さらに、信者は、万物復帰の「摂理的観点」として、日本は「エバ国家」、韓国は「アダム国家」であり、エバ国家である日本には、伝道活動と経済活動に全力を尽す使命があると教えられ、そう信じていた。
 そのため、信者は、伝道活動以外に、熱心に経済活動(物販展やマイクロ活動での物品販売、高麗人参茶の販売、自らの献金や信者以外の者からの献金の募金といった活動)に励むことになる。
目次へ↑
第4 経済活動に関する被告の主張について
マイクロ活動に関する被告の主張について
A被告は、マイクロ活動には信仰の訓練以外の宗教的意義はなく、ハンカチ等の販売はボランティア団体の活動として行われていたと主張する。
Bもし、ハンカチ等を販売するマイクロ活動がボランティア活動として行われていたのであれば、普通は、実際に熱心にマイクロ活動に従事した信者に対して、事後的に、マイクロ活動の収益金から、どのような施設に何を寄付したのかという情報が提供されているものと思われる。
 しかし、マイクロ活動に従事した原告らの中には、自分たちの売上がどのような寄付に用いられたのかを他の信者から教えられたと供述する者は一人もおらず、上記のような情報提供がされた事実は全くうかがえない。むしろ、後記第3章における事実認定から明らかなとおり、マイクロ活動に従事した原告らは、一致して、ボランティア団体を装ってマイクロ活動を行っていると述べている。
 マイクロ隊の信者が日々の目標や心情を綴った複数のノートには、日々の売上目標とその結果、信仰面での目標、アベルからの激励の言葉などが記載されているが、ボランティア精神に関する記載、あるいは、寄付の目的や寄付先の施設に関する記載は全く存在しないのである。
 これらの事情は、マイクロ活動が、寄付金を募るためのボランティア活動として行われたのではなく、統一協会の教義の実践、あるいは、統一協会の活動資金を得るための経済活動として遂行されていたことを裏付けているというべきであり、マイクロ活動がボランティア団体の活動として行われていたとの被告の主張は採用できない。
Cマイクロ活動には信仰の訓練以外の宗教的意義はないとの主張についても、そうであれば、売上目標を達成すること自体に執着する必要はないと考えられるが、上記ノートの記載からは、商品ごとに売上目標が日々設定され、その達成が極めて重要視されていたことが明らかであるから、マイクロ活動に信仰の訓練以外の宗教的意義がないとは到底考えられない。
万物復帰に関する被告の主張について
A被告は、万物復帰とは、自分自身の身代わりとして万物を捧げることで神の下に立ち戻るための条件を立てるという意味であり、経済活動そのものを意味するのではないと主張し、現在も信者として活動している被告側申請の証人全員が、万物復帰の意義について同様の内容を述べ、「万物復帰=経済活動」という教義の教育はされていないと証言するので、この点についても検討する。
B原告らは、甲イ第1号証を始めとする原告ら各人の陳述書及び本人尋問において、例外なく、万物復帰とは経済活動を意味するものとして教えられ、そのように理解していたと供述している。トレーニングの受講ノートには、「万物復帰(経済)、人材復帰(伝道)が必要」という記載があるほか、展示会思想と題する講義においても物販展の宗教的意義について講義されていることが認められ(甲B155)、信者の複数のノートにおいても、物販展や訪問販売を「万物復帰」と表現されていることも認められる。
C川崎支部のスケジュールには、活動内容として午前中に「万物復帰」、午後に「伝道」という記載が、川崎支部所属の信者である●のノートには、「支部の会計」と題して「万物復帰 半分はリベート」という記載があることが認められる。
(中略)
E以上に説示のとおり、統一協会の信者は、万物復帰について、物品販売や献金に関する経済活動そのものを意味するものとして教えられ、教義の実践として経済活動を行っていたことが明らかというべきであり、被告の主張やこれに沿う上記証言は採用しない。
目次へ↑
第2章 統一協会の信者による伝道・教化活動

第1 伝道活動及び教化活動の意味

 請求原因第1ないし第3の事実は当事者間に争いがない。また、信者が、主に若者を対象として請求原因第4のとおりの手順を踏んだ伝道・教化活動を行っていた事実、主に壮婦を対象として請求原因第5のとおりの手順を踏んだ伝道・教化活動を行っていた事実は争いがない。
 請求原因第1の統一協会の教義に照らせば、文鮮明が地上天国を完成させるメシアであるとの信仰を受け入れた者(すなわち、そのことを真理と信じて疑問を持たない者)が統一協会の信者であるということができる。
 そして、後記第3ないし第4の事実認定に照らせば、受講生が上記の意味での信仰を得るのは、若者の場合にはフォーデイズセミナー終了時であり、壮婦の場合には上級コース終了時である。
 したがって、若者に対する伝道活動とは、ビデオセンター受講からフォーデイズセミナー終了までの活動であり、新たに信者となった者の信仰を維持・深化させる教化活動とは、新生トレーニングに始まり、以後、日々積み重ねられる先輩信者による指導教育である。
 また、壮婦に対する伝道活動とは、初級コース受講から上級コース終了までの活動であり、新たに信者となった壮婦に対する教化活動とは、以後、日々積み重ねられる先輩信者による指導教育である。

第2 従前裁判例の状況

 これまで、統一協会の信者による伝道・教化活動の違法性について判断したものとして下記の八つの事件(以下「@事件」などという。)の下級審判決がある。それら判決はいずれも最高裁の上告棄却決定・上告不受理決定により確定している。
       記
@ 岡山地裁平成10年6月3日判決
A 前回訴訟第一審判決である札幌地裁平成13年6月29日判決
B 東京地裁平成14年8月21日判決
C 新潟地裁平成14年10月28日判決
D 神戸地裁平成13年4月10日判決
E 東京地裁平成9年10月24日判決
F 奈良地裁平成9年4月16日判決
G 東京地裁平成18年10月3日判決
 @ないしナ事件は、若者に対する伝道・教化活動に関して事実認定と判断をしており、A及びEないしG事件は、壮婦に対する伝道・教化活動に関して事実認定と判断をしている。
 各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、若者に対する伝道・教化活動が後記第3のとおりであり、壮婦に対する伝道・教化活動が後記第4のとおりであった事実が認められる。
目次へ↑
第3 若者に対する伝道・教化活動について
ビデオセンターの受講を決意させる(コース決定させる)伝道活動
A全国各地のビデオセンターでの受講をきっかけに入信を勧誘するという伝道方法は、昭和57年ころから行われるようになった(A、C事件)。同センターに勧誘する具体的な方法としては、路傍伝道、FF伝道のほかに、訪問伝道(物品の訪問販売をきっかけとした勧誘や戸別訪問による勧誘)、物販展の顧客を勧誘する方法などがある(@ないしC事件)。

B路傍伝道の際に用いられるアンケートの種類は様々であり、住所氏名、勤務先や学校名を記載した上で、関心事などについての質問に答えるもののほか、それらの質問項目に加え、貯金額を直接に尋ねる形式のものもある。勧誘方法についてはマニュアルがあり、信者は、マニュアルを見て、あるいは先輩から指導を受け、マニュアルの内容におおむね沿った勧誘方法を実践する。
 あるマニュアルには、@相手方を褒めながら、職業や問題意識等について聞き出す、A人生の意味を学び考える場としてビデオセンターを紹介する、B今が転換期であると話して、転換期に同センターと出会ったことには意味があると強調する、C自分自身も同センターに出会って変わった、人生は一度きりなので色々なことを積極的に吸収する姿勢が大切であるなどと話して受講を勧める、といった勧誘の手順が具体的に記載されている。また、相手方の問題意識によって異なる勧誘文言が記載されてている。すなわち、自分自身に矛盾(するべきではないと分かっていることをしてしまう等)を感じている人に対しては、同センターでは、何がそのような矛盾を惹き起こすのかが解き明かされるなどと勧誘し、人生の目的を見出していない人に対しては、同センターでは自分とは何かというテーマについてはっきりと説かれているなどと勧誘する、といった内容である。さらに、以上のような勧誘が奏功しないタイプの人(問題意識がない、今の生活に満足している等)に対する対応の仕方についても記載されており、そのうち、宗教的であることを理由に消極的な姿勢を見せる人に対しては、人生を形成する要素として宗教について学ぶことはあるが、同センターは、宗教というより真理を学ぶ場であるといった勧誘文言が記載されている。なお、勧誘の際に同センターのリーフレットを用いる場合もあるが、そこには、統一協会という名称は記載されていない。
 別のマニュアルには、復帰摂理の中心人物となり得る人を伝道することが神の願いであり、伝道することが望まれる人物と、反対に伝道すべきでない人物について、具体的な属性が記載されている。すなわち、望ましい人物として、勤続3年以上、23歳以上、一定の職業(看護師、銀行員等)、有名大学に通う大学1、2年生などの要素が挙げられており、好ましくない人物として、頻繁に通えない人(遠距離等)、親の影響を強く受ける環境にある人(実家暮らし等)、無職、重い病気を持っている、精神的に弱いなどの要素が挙げられており、避けた方がよい人物として、異性と同棲している、自衛官などの要素が挙げられている。

C信者は、おおむね上記記載に従い、対象者を絞って伝道活動を行っていた。より具体的に、望ましいとされる条件に合う人に対しては断られても3回は声をかけることや、どんなに内面のよい人であっても身体障害者や病気を持っている人は伝道してはならないことなどが指示されたり(A事件)、また、老人ホームや障害者施設を訪れて伝道活動を行うことはなく、生活保護の受給者や目・耳の不自由な人物は積極的な勧誘対象ではなかった(ナ事件)。

D信者は、街頭又は戸別訪問でのアンケートの後、すぐに相手方をビデオセンターに連れて行って受講を勧めることもあるが、アンケートの内容から相手方の関心事や問題意識を分析した上で、同センターを紹介するための様々なイベント(日帰り旅行、ピアノコンサート、各種講演会など)のチケットを販売し、イベント後の和動で同センターの受講を勧誘するという方法も用いられていた。
 また、アンケートで占いや運勢に関心があると答えた人に対しては、上記イベントではなく姓名判断等の運勢鑑定に誘った上で「運勢鑑定の先生に相手方の氏名を知らせたら転換期であるとの指摘を受けた」「自分も同じ先生に勧められてビデオセンターに通っている」などと話し、ビデオセンターに勧誘するという方法がとられることもあった。これからの方法による勧誘の際、同センターは、教養講座を受ける場であると説明されていた。
 国立大学等の学生、財産のある人など勧誘の優先度が高い人に対しては、アンケートの翌日に訪問し、その後も電話や手紙でイベントに誘うといった手厚い方法がとられた。信者は、相手方の情報を所定のカードに詳細に記載し、責任者(新規チェッカー)の指示を逐一仰ぎ、あるいはマニュアルに従って、上記のような伝道活動を行っていた。

Eまた、統一協会においては、遅くとも平成13年ころから、主に若者を対象に街頭で伝道活動を行う際、アンケートを求めるのではなく、手相の勉強をしているので見せて欲しいと話しかけ、転換期であると告げて運勢鑑定を受けるよう勧めた上で、鑑定士役の信者が姓名判断や家系図鑑定を行って先祖の因縁があると指摘し、霊界解放のためには「真理行」として同センターで先祖や霊界についての真理を学ぶ必要があると説明して、ビデオセンターでの受講(コース決定)に導くという方法が用いられるようになった。
 さらに、遅くとも平成17年ころからは、鑑定士役の信者が、先祖の色情因縁の影響で愛情運が下がっているなどと話し、色情因縁から身を守るために必要だと説明して念珠を購入させ、後日、「古印供養」と称して相手方の家族に関する様々な情報を聴取した上で、家系図鑑定を受けさせ、霊界解放のための真理行として同センターの受講を勧めるといった方法もとられるようになった。
 念珠については、宗教の伝道活動ではないと思わせるため、仏教の数珠とは異なると説明するよう指示されていた。念珠には数万円のものから100万円を超えるものまで様々な種類がある。
 これらの方法による伝道活動においては、信者は、口止めの手段として「陰徳積善」すなわち先祖供養という徳は人に知られずに積むべきであるという説明を用いるよう教えられ、これを実践していた。
目次へ↑
ビデオセンターでの伝道活動
Aビデオセンターには、ビデオルーム(一人分ずつ仕切りで区分けされており、受講生は各ブースに入り、ヘッドホンを付けてビデオ講義を受講する。)やティーカウンター以外に、保育室やスタッフルーム(タワー室)、祈祷室が設けられている。同センターのスタッフは、責任者であるタワー長、新規トーカー、主任である。
 新規トーカーは、マニュアルや、先輩から体験談などを聞く研修会等に参加し、勧誘の仕方を学び、これを実践する。具体的には、予め、勧誘者である信者(霊の親)から相手方の悩みや問題意識等の情報を聞いた上で、相手方を褒めながら受講を勧める。相手方がコース決定をした際には、スタッフは、内容を十分理解できるまで同センターに通っていることを他人に話さない方がよいと口止めをする。
 また、最初にアンケートに記入させ、相手方の財産等に関する情報を収集した上で受講を勧める場合もある(@、B事件)。

Bビデオセンターにおいては、受講生に担当カウンセラー(信者)が付けられ、受講生に対して常に肯定的な態度をとるなどして信頼関係を構築する。
 同センターで見せられるビデオには、倉原克直講師による統一原理に関する「創造原理」「堕落論」「終末論」「メシア論」「復活論」「アブラハム路程」「摂理的同時性」などの講義ビデオとそれ以外の一般のビデオ(映画「クリスマス・キャロル」等)がある。
 統一原理に関する講義ビデオは、統一原理を学ぶことの重要性を自覚させる意図の下に、宗教教義の講義ビデオとしてではなく、真理を講義するものであるとの前提で受講生に見せられる。講義ビデオの多くは、旧約聖書を題材にしたものが多いが、「創造原理」においては、霊界に関する講義がされる。

Cビデオセンターでは、人間の罪や堕落、霊界や因縁といった統一協会の宗教教義の核心部分が、神秘的な教義としてではなく、歴史、事実あるいは真理として説明される。
 すなわち、旧約聖書は歴史書であり、人間は、祖先はアダムとエバであり、彼らが神に逆らって堕落し罪深い存在となったことなどが歴史として説明される。
 また、創造原理においては、霊界が実在し因縁が現世に影響していることが事実であると説明される。その説明は、霊界は「天上界」「中間界」「地獄界」の3層に分かれていること、地獄界には、人を殺めたり、色情問題を犯すなど罪を犯した者の霊がいること、それらの者の罪が因縁(殺傷因縁、色情因縁)となって子孫に悪影響を与えて現世での不幸をもたらすことが説明される。そして、受講生は、偶然にビデオセンターで受講することになったのではなく、先祖の因縁を清算する使命を果たす者として先祖に選ばれたため、ビデオセンターでの受講が運命付けられており、その使命を果たすため真理の勉強を続ける必要があることが説かれる。

D霊の親の対応についてもマニュアルがある。すなわち、相手方が受講を決めた際には、1回目の受講日を決め、待ち合わせをして一緒に行く約束をした上で、同センターに通うことを他人に話さないよう口止めされたことについて相手方の本音を聞き出し、スタッフの言うとおりにしたほうが良いと勧める。4回目の受講までは、待ち合わせをして一緒に行き、その都度、相手方に励ましの手紙を渡す。また、相手方の受講回数に応じた対応として、@1回目は、主任が素晴らしい人であることを強調するとともに、重要な勉強なので真剣に聞いて欲しいと言って受講に使うためのノートをプレゼントし、2回目の受講の約束をする、A2回目は、主任の印象や勉強の様子について聞いた上で励ます、B3、4回目は、受講内容について、特に神や聖書の内容が含まれていることに対する印象を聞くこととされている。霊の親は、おおむねマニュアルの記載どおりの対応をとっていた。
 なお、霊の親は、相手方が同センターに通っている間だけでなく、相手方が献身にいたるまでの間、途中で辞めることにないよう、手紙や簡単な贈り物、電話等を頻繁に行って激励することとされる(B、C事件)。

E主任は、受講生を褒め、肯定的な姿勢で受講生の話を聞き、時には受講生の住居を訪問するなどして、信頼関係を形成するよう努め、受講生から聞き出した個人情報を管理カードに記入し、続くツーデイズセミナーの班長に渡す。
 主任とは別に、各ビデオの受講前後に、受講生の価値観を転換させるための和動をする役割のスタッフもいるところ、宗教に抵抗のある受講生に対しては、「このビデオの内容は、宗教性は含んでいますが、人間が人間として、また自分が本来の価値、目的を知って生きてゆくための内容ですから、とても大事なんです」とか「このビデオでは便宜上、一般になじみのある『神』と呼ぶことにします」などと述べ、その内容が統一原理であることを明らかにせず、特定の宗教の教義に基づくものであることも婉曲に否定するといった対応をとることとされる。特定の宗教教義の伝道活動であることを秘匿するという対応は組織的に行われていた。

Fビデオセンターのスタッフは、受講生の姓名判断や家系図鑑定を行い、先祖の因縁を説くことが多く、遅くとも平成3年ころからは、ビデオセンターの受講生に対し、手相・姓名判断や家系図鑑定を用いて受講継続の動機付けを図るという方法が積極的に用いられるようになった。すなわち、同センターのスタッフは、受講生に対して姓名・手相判断や家系図鑑定を行い、先祖の悪い因縁(殺傷因縁など)を指摘して不安を与えた上で、当該受講生には、因縁を清算して霊界解放を行い、先祖、現在の家庭及び子孫を救う使命があると訴えかけ、その使命を全うするためにも同センターでの勉強を続け、さらには、これに続くトレーニングやセミナーに参加するよう説得するのである。スタッフは、マニュアルや研修内容に則り、あるいは先輩信者の指導に従って、このような運勢鑑定を行っていた。

Gビデオセンターにおいては、スタッフの和動を通じて、各受講生の関心事や問題意識と統一原理との間に接点を見出し、学習継続の動機付けとすることが重視されており、そのため、スタッフは、受講生を取り巻く環境や性格などをできる限り把握するよう努める。また、初級トレーニングのスタッフは、@受講生が統一原理について学ぶ都度、霊界や神に対する受講生の認識をチェックする、A「堕落論」の回には、後に救世主について学んだ際にその必要性を感じやすくするため、自分が堕落人間であるという自覚を促す、B宗教的色彩の濃い内容に入る前に受講動機を単なる個人的問題から社会全体に対する問題意識へと転換させ、通うのを辞めないようにする、といった役割をも担っていた。
目次へ↑
ツーデイズセミナーでの伝道活動
Aツーデイセミナーには、班長、進行、講師、聖歌指導、修母、食当といったスタッフがいる。講師になるには、検定試験に合格する必要がある。
 同セミナーのスケジュールについて記載した文書があり、おおむねそのとおりの内容で実施されていた。具体的には、次のような流れである。
 同セミナーが行われる前日の昼間には、講義室において、主任と進行を中心にスタッフ教育が行われ、その夜、受講生が会場に迎え入れられる。受講生に対しスタッフが紹介されるが、その際、班長は年齢を言わず、また、班長を務めるのが初めてであってもそのことは絶対に明かさず、ベテランのように振る舞うこととされる。

Bオリエンテーションにおいて、進行は、「真剣に人生の目的を求めている人がたくさん来ています」「やる気のない人は帰って下さい」などと言って場を引き締めるとともに、急用以外の電話は禁止すること、受講生同士で住所や電話番号を教え合わないこと、講義の途中で質問をしないこと、金員等をスタッフに預けることなどが指示される。また、班長は、受講生同士の交流(「横的授受」と呼ばれる。)がされないよう、必ず、班員となった受講生と同じ部屋で寝る。なお、文鮮明夫妻の写真が置かれている部屋(講師室等)には、受講生は入らないよう指示される。
 また、スタッフは、講師の人格について「とても心情深い、あたたかな方です。色々な分野の方々との交流をもっていらっしゃる。でもそれを感じさせないフランクでユーモア精神にあふれている講師なんです」などと褒める。

C翌日の朝から、統一原理に関する講義が始まる。夜には、各受講生と班長との個別面接が行われ、その際、班長は「○○講師は○○さんのことをすごく真面目に聞いていたねと褒めていたよ」などと受講生に伝える(なお、班長が講師から実際にそのようなことを伝えられる場合はほとんどない。)。この時点で、講義を聴く気がないとか、講義に臨む姿勢が不謹慎である受講生については、帰宅させるか、翌日の講義を受けさせずに班長が和動をする。

D復帰原理の講義においては、カインがアベルに従順に屈服して侍らなかったために人類の救済が失敗したことが解説される。そして、アベル・カインの教えとして、先輩信者(アベル)ほど神に近い人であり、後輩信者(カイン)は、アベルを通じてのみ神につながることができるので、アベルに絶対的に服従しなければならないという内容が講義されていた。
 また、イエス・キリストが人間の手によって処刑された様子や、その際の神の悲しみについて生々しく説かれるが、この講義は、受講生にイエス・キリストを殺したのが自分自身であると理解させることを意図している。なお、現代社会に再臨の救世主が存在しているという内容は説かれるものの、具体的に再臨の救世主が誰であるかは明かされない。

Eツーデイズセミナーの最後の閉講式では、霊の親が受講生の知らないところで祈り、涙し、条件を立てていたという話がされ、進行係が「実は皆さんのことを思って忙しい中を霊の親の皆さんが駆けつけてきてくれました」と言うと、霊の親が自分の霊の子の名前を呼びながら駆け寄ってくるという演出がされる。受講生には事前に霊の親が来ていることを知らせず、受講生の感情を揺さぶるという演出がされるのである。
 また、ツーデイズセミナーの最後に、受講生に対し、個別に、再臨の救世主を迎えるために実生活において具体的に何をすればいいか学べるのがフォーデイズセミナーであって、その準備としてライフトレーニングが用意されていることなどと話した上で、受講料やスケジュールを説明し、ライフトレーニング及びフォーデイズセミナーの受講を勧めるとともに、どうしてもライフトレーニングに参加できない受講生は、ビデオセンターにおいて中級コースを受けるよう勧められる。
 そして、ツーデイズセミナー受講生の多くは、ライフトレーニングとフォーデイズセミナーへの参加を決意する。

Fしかし、ツーデイズセミナーの最後の段階に至っても、受講内容の宗教性は秘匿されており、受講内容は宗教教義ではなく真理(すなわち事実)であり、再臨の救世主が現代社会に存在していることは事実であるとの前提で講義がされている。そして、フォーデイズセミナーを経て信者になった後に、宗教的実践として多額の献金や献身が求められることなどは一切説明されない。
 また、受講生の近親者や友人が、ツーデイズセミナーの内容が宗教教義にすぎないことを告げ、受講生が疑念を抱くことを防止するため、ツーデイズセミナーの最後において、受講生に対し、再臨の救世主が現代社会に存在しているとの事実を口外しないよう忠告がされるのである。
目次へ↑
ライフトレーニング(又はスリーデイズセミナー)での伝道活動
Aライフトレーニングは、ツーデイズセミナーを終えた翌日から始まる2週間ないし4週間にわたり連日行われる非常に長い研修である。研修の内容は宗教色が非常に強いが、宗教性が明らかにされるのは後半になってからである。

B受講生は、毎日、学業や仕事を終えた後に通所で参加する。ライフトレーニングと同様の位置づけのものとして、合宿形式のスリーデイズセミナーが行われる場合もある(B事件)。ライフトレーニングのスタッフ(主任、班長等)は、受講生ごとに管理カードを作成し、続くフォーデイズセミナーのスタッフに渡すこととされている。
 スタッフは、様々な機会を利用して、受講生が偶然の幸運や不運を神又はサタンの働きであると捉えるように働きかけ、自分の行動や周囲の状況を常にスタッフに報告・連絡・相談するように求める(@事件)。

Cライフトレーニングにおいては、その後半の「主の路程」と題する講義により、初めて、受講生に対し「世界基督教統一神霊教会」の名が明らかにされ、これまでの勉強が統一協会の教義の勉強であり、再臨の救世主が統一協会の文鮮明であることが明らかにされる(「メシアを 明かす」「メシアを明かされる」などといわれる。)。
 その前に、主任が「実際のメシアは自分自身が思い描いているメシア像とは違うことが多い。どんな人であったとしても、メシアとして受け容れられるような心構えを持っていなければならない」とか「イエス様も実際に不信されて十字架にかかってしまったので、不信しないように」などと話す。
 「主の路程」の講義の後、霊の親、主任、班長が、簡単な宴会とプレゼントを用意することがあり、「メシアを明かされておめでとう。霊界で先祖たちも大喜びしているよ」などと盛大に歓迎する。
 また、受講生に対し、統一協会に対するマスコミ等からの批判はすべてサタンが働きかけた結果であるので惑わされないようにと注意が促される(@事件)。

Dその後の講義の中で、献身、実践(学業や仕事の傍ら活動する)、礼拝参加(活動はせず礼拝にのみ参加する)、探究中という4通りの進路が示され、スタッフは、是非とも献身を目指してほしいと述べるが、この段階では、そこまで強く献身を迫るわけではない。続くフォーデイズセミナーに参加できない者には、これに相当する上級ツーデイズセミナーが紹介された。

E統一協会の名を明かされた結果、その後の教育過程への参加に消極的になった受講生に対して、家系図鑑定を通じて先祖の悪い因縁を指摘し、このままでは家族にも不幸が起こると言って恐怖を与え、当該受講生には先祖や家族の代表として因縁を清算する使命があり、因縁を断ち切る方法を知るには勉強を続けなければならないなどと話してトレーニング等へ参加させるといったことも行われた。
 さらに、統一協会の名を明かされた段階で、受講生に対し「あなたが持っている財産はサタンのものだからまず、それを捨てて神のもとへ行かなければならない」「後は神がすべてを見てくれるのだから、財産がなくても構わない」などと執拗に迫り、受講生に全財産を献金させることさえあった(@事件)。
フォーデイズセミナーでの伝道活動
Aライフトレーニングに続いて、合宿形式のフォーデイズセミナーが行われる。
 フォーデイズセミナーは、祈祷を含んでおり、最初から宗教教育として行われる。同セミナーにおけるスケジュールは細かく管理されており、朝は午前6時に起床し、点呼するところから始まる。食前には必ず祈祷を行い、講義の前には聖歌を歌い、夜には、新生日記と題する感想文を書く。

B復帰原理についての講義では、自分の最も愛するものや大切なものを神の前に捧げてこそ、神への信仰を立てることになること(イサク献祭)などが説かれた。
 イエス・キリストに関する講義の前には、進行係が「あなたたちは氏族のメシアの立場であり、あなたたちのご先祖様もメシアを明かされ泣いて喜んでいる。今日も原理講論を聞こうと大勢の霊人体がやって来てその霊人体たちが涙を流しているので、涙が出る人は基準が高い証拠なのだ」などと話す。
 講義後、聖歌を歌い、部屋を暗くして、ろうそく等を灯し「お父様の詩」という詩が朗読される。その内容は、「今までお前は、自らの内にある罪のために、汚れのために悩んできたね。けれどもそういうお前を、この私が一度でも責めたと思うか。非難したと思うか。また、そのようなお前から醜いといって顔をそむけたことがあると思うか。そういうことのゆえにお前が苦しみ悩む前に私自身が涙を流したのだよ。数々の罪を持って生まれて来なければならなかったあわれな立場、そういう立場に立たせなければならなかったお前のゆえにお前が、悩む前から私自身が悩んだのだ。私が、お前に与えた生命のゆえに、私がお前を愛したのだ。お前は、私の子なのだ」というものであり、会場は涙に覆われる。

C翌日には、文鮮明の生涯について、翌日に死刑になるはずだった日に戦争が終わって脱出できたり、文鮮明の付近には爆弾が降ってこなかったなど、文鮮明の周りに奇跡としか言いようのない出来事が次々と起こったことなどが説かれる。

D班長は、同セミナーの期間中、受講生との個別面接を毎日行い、新生トレーニングへの参加及び最終的には献身を決意するよう強く働きかける(@ないしB事件)。また、この際、受講生の成長度合いを判定するとともに、受講生の財産内容や恋人の有無等の状況を聞き出し、新生トレーニングに進むことが難しい事情のある受講生に対しては、その障害を乗り越えるための対策を教える(@事件)。
 最終日の面接では、受講生に対し献身を決意したか尋ね、決意できていない者に対しては、翻意するよう朝まで説得を続ける(@、B事件)。

E最終日には宣誓式があり、受講生は、皆の前で、統一協会に献身し神と真の父母のために生きるという宣誓をする。受講生が文鮮明を再臨の救世主であることを受け入れた時点で、統一協会の信仰を得るということになる。その後の新生トレーニングにおいて入会手続がされ、正式の信者となる。

F同セミナー終了後にはウェルカムパーティが開かれ、新生トレーニングへの参加が勧められる。
 この段階では、信者となった受講生は、文鮮明が救世主であり、原罪や因縁を清算して救済を与える存在であることを理解している。
 しかし、この段階に至っても、救済を得るために献身以外にどのような宗教的実践が必要となるのかという重要な情報は与えられない。
 すなわち、原罪の清算には「祝福」という極めて特異な宗教的実践が要求されるとの情報はもとより、罪の清算のため多額の献金が必要となることは知らされない。
目次へ↑
新生トレーニングでの教化活動
A新生トレーニングのスタッフは、主任、班長、進行、講師であり、受講生ごとに管理カードを作成し、実践トレーニングのスタッフに渡す。
 受講生は午前6時に起床し、礼拝などを行った上、各自学校や職場に行き、帰宅後に統一原理の講義を受ける。受講生は、その日のスケジュールを班長に提出することを求められ、スタッフに対する報告・連絡・相談を徹底される。アダムとエバの失敗を繰り返さないために、女性は男性を誘惑してはならないと教えられ、女性の髪型や服装について細かい指導があり、禁酒・禁煙も指示される。

B新生トレーニングでは、以降、統一協会の礼典と献金について講義が行われるようになるが、主な献金としては、請求原因第3の2のとおり、月例献金(10分の1献金)、礼拝献金、名節献金、蕩減献金、特別献金がある。
 3、4、7、12及び21は、統一原理において重要な意味を持つ「原理数」と呼ばれ、また、40は「サタン分立数」として同様に重要な意味を持つと教えられる。信者は、原理数に10の倍数を掛けた金額(例えば、1万2000円)を意識的に選んで献金を行う場合も多い(礼拝献金と名節献金については、原理数に則った金額で行うよう指導される。)。
 また、蕩減献金は、祝福の条件として、3000円(あるいは、3に10の倍数を乗じた「3数」に当たる金額)を、4年間にわたり12月に支払うよう教えられることが多い。

C新生トレーニングにおいては、万物主管についての講義の中で、お金の使い方には「サタン的出費」と「神的出費」とがあると説かれる。
 サタン的出費とは、雑誌や映画など統一原理と無関係な目的のための出費を指し「天法」に反する行為であるとされ、神的出費は「カイン的出費」と「アベル敵出費」とに分類され、カイン的出費とは衣食住など自己のための出費を指し、アベル的出費とは献金、伝道、奉仕など自分以外のための出費を指すと教えられる。

D新生トレーニングでは、統一協会に反対する牧師の活動についての講義もあり、彼らが信者を監禁して脱会させ、自己の教会の信者にさせる過程や、信者の親に実費以上の高額な費用を要求し、監禁という卑怯な手段を使って強制棄教を行っていると解説される。また、物品販売活動に関しては、客に無視されるなどした際、「叫べども叫べども民衆が理解してくれなかったイエスの心情」に触れ、神を肌身をもって学ぶことができるといった講義がされ、宗教的な意義付けがされる。

E新生トレーニングでは、「心情解放展」という宗教的儀式が行われる。これは、自分の過去を清算し新しく生まれ変わるため、それまで犯してきた罪(特に、アダム・エバ問題と呼ばれる男女関係にまつわる罪)をすべて告白文として紙に書き、真の父母様の代身に許しをもらうという儀式である。受講生は「最も言いたくないことを書かなければならない、言いたくないのはサタンだ」などと指導され、罪についての告白文を書く。
 そして、告白文を読んだスタッフ(巡回師やチームマザー)は、受講生に対し、「裸で生まれてきた、だから裸でかしこへ帰ろう、神様のもとに帰ろう」と教えながら、受講生がそれまで犯してきた罪の清算をしようと思えば、その時点で持っている金銭を統一協会に捧げなければならないと説明し、多額の献金を求める。受講生は、その献金の求めに抗することができず、その時点で保有する金銭のすべて又は大部分を献金することになる。
 ただし、ここで清算される罪は、あくまで、受講生自身がその時点までに犯した罪(自犯罪)だけであり、受講生の原罪や先祖の罪(遺伝罪)ではない。

F新生トレーニング終了時、受講生は、教会に書類を提出して、正式に統一協会の信者となる(別表Dの入信時期は、この時期を指している。)。
目次へ↑
新生トレーニング終了後の教化活動
A新生トレーニングに引き続き、実践トレーニングが行われる。実践トレーニングは、献身に向けた教化活動であり、新たな信者が献身に至った段階で終了する。献身ができない事情がある場合、学生なら学生部に、社会人なら青年部に所属となった段階で終了する。

B実践トレーニングでは、最初に、統一協会の宗教的実践として重要とされる「公式7年路程」と祝福に関する講義がされる。これは、人材復帰(伝道活動)を3年半、万物復帰(経済活動)を3年半実践し、その間に霊の子を3人を立てることである。人材復帰とは、本来は神の側にあるべき人間が現世ではサタンの側にあるので、これを神の側に復帰させることであり、再臨の救世主である文鮮明とつながることが救済の道であると伝道する活動であり、万物復帰とは、本来神の側にあるべき人間以外の万物が現世ではサタンの側にあるので、これを神の側に復帰させることであり、既にみたとおり、それは財物を統一協会に届けるための経済活動を意味する。
 祝福は、信者の原罪を清算するための極めて特異な宗教的実践であり、文鮮明が指定した相対者と合同結婚式によって夫婦となることをいう。祝福により、生まれつき原罪のない文鮮明とつながることになり、信者の「血統転換」がされ、信者がアダムとエバから受け継いだ原罪がなくなるとされる。
 祝福のためには、公式7年路程を実践し、蕩減献金を行い、かつ、祝福献金(140万円とされることが多い。)をする必要があるとされるが、実際には公式7年路程の全過程を実践しない時点で、祝福献金をして祝福に至る信者も多い。

C新生トレーニング以降、信者になった者に対しては、実践活動の様々な場面で、私的な目的を追求する思考や行動は、人間の蕩減復帰を妨げ、サタンの支配力を強めることになる(サタンに讒訴される)ということが様々な機会に教えられる。
 そのため、信者は、常にサタンの存在を意識し、サタンに讒訴されることに対して強い危機感を持つようになり、その強迫観念ともいえる危機感は、心身ともに過酷な状況に置かれても、限界まで実践活動に従事する動機付けともなる。
 また、統一原理を知った後に信仰を捨てることは、統一原理を知らずにサタンの支配する世界で生活している状態と比べてずっと罪深く、地獄に堕ちることになるとか、本人のみならず先祖や家族も救われないことになるので霊界で先祖から責められると教えられることもあった。

D信者は、実践活動に先立ち、当該活動の意義を統一原理(物品販売活動については万物復帰の教え)と関連付けて説く講義を受け、スタッフの指導の下、マニュアルに基づき、想定問答等の反復練習をする。受講生の実践活動には一定の目標も課せられ、受講生は、これらの活動によって文鮮明の苦労の道をしのぶことになり、また、自分だけでなく相手方や世界の救いにもなると信じて、目標を達成すべく活動に励む(B事件)。

E献身者は、家族からの仕送りや退職金をすべてホームの会計担当者に渡し、ホームの会計から月額1万5000円程度の小遣い(平成12年からは月額3万円に増額)の支給を受ける。
 献身者は、ビデオセンターへの勧誘(伝道機動隊)、物販展への動員、戸別訪問やマイクロ隊での物品(ハンカチ、茶、宝石、珍味、印章等)販売、ビデオセンターや各種セミナーの運営などの活動に従事する。伝道や物販活動では達成目標(金額や人数)が設定され、献身者は、これを達成するため懸命に働く。
 しかし、統一協会の各支部は、関係官署に事業所として届出もしていないから献身者のため社会保険に加入するということをしていないし、収益をあげても一切納税しない。社会保険料や税金の出捐は、万物復帰の教えに合致していないから、統一協会の各支部を運営する信者は、最初から、公租公課の支払義務に対し意識が希薄である。

F献身者が帰省するためには、帰省先、帰省目的、両親の状況等の記入欄が設けられた帰省申請書を提出し、予めアベルの許可を得る必要があった。献身者は、統一協会員としての成長段階に応じ、統一協会主催の21日修練会や、合同結婚式(祝福)等に参加する。
 祝福を受けるまでの経済・伝道活動に従事する期間は、一般的には7年間であったが、より短い期間で祝福を受ける信者もいる。

G新生トレーニングの心情解放展での献金は、その時点までの自犯罪の清算であり、祝福は自分の原罪の清算であるが、これらによっては、先祖が犯した罪(因縁)の清算はされない。その清算のためには、信仰を保ち続けるほか罪の清算のための献金が必要とされる(甲62)。
 また、文鮮明が行う地上天国の形成に必要な条件(摂理)として、しばしば摂理献金が求められる。
 統一協会においては、必要とされる献金ができないことは信仰の不足とされ、信仰の足りなさを責められる。信仰が足りないとされると、信者は、地上天国の形成に対する協力ができていないとか、先祖や家族の救済のため力を尽くしていないとの罪の意識を持ち、さらに、宗教的実践(伝道や万物復帰)に励もうと努力することになる。
全大原理研における伝道活動(D事件)
A全大原理研は、昭和39年9月に発足した団体で、創始者は文鮮明であり、統一原理を研究し、それを絶対的な価値観として政治、宗教、経済、科学などの様々な分野を探求し、宗教的精神を実践するという大学生の学術・奉仕サークル(原理研究会)の連合体である。原理研では寮生活を奨励しており、各大学の原理研究会は寮(ホーム)を運営し、会員はそこに居住しながら統一原理の研究や実践をする。

B原理研究会はビデオセンターを運営し、同センターやホームでの講演会等を利用して統一原理を紹介し、さらに詳しい内容を学ぶ場として合宿形式の修練会(ツーデイズセミナー、セブンデイズセミナー等)を運営するなどの活動を行っている。
 修練会に参加した者は、原理研究会に入会して会員となるが、会員の中には、統一協会員にはならず、大学卒業後は統一協会とは無関係の一般企業に就職する者もいるが、他方で、統一協会員となり、大学卒業後は原理研以外の信者が行っている伝道活動等に参加したり、信者が設立した会社に就職する者も少なからずいる。
 具体的な伝道活動としては、書籍(発行元は全大原理研)の紹介という名目で戸別訪問をし、それをきっかけに相手方の大学等を聞き出した上で、学生がたくさん聞きに来るという講演会に誘い(実際には、原理研の幹部等がホームにおいて講演をする。)、講演会の後にツーデイズセミナーがあることを初めて話してこれに誘う、といったことが行われた。このような伝道活動の際には、原理研究会、統一協会、文鮮明といった名称を出すことは禁じられており、また、ツーデイズセミナーに誘う際には、他の人が断った場合に影響されないよう相手方を必ず一人にし、原理研究会の側は二人で説得にあたるといった具体的な方法が指導されていた。

Cツーデイズセミナーにおいては統一原理の講義が(そうであるとの注釈なしに)行われ、受講生から宗教ではないのかと質問された際、講師は教養としてキリスト教の内容を講義していると説明した。ツーデイズセミナーの最後にはセブンデイズセミナーの存在が初めて明かされ、参加が勧められる。参加を決めかねている受講生は、ツーデイズセミナーの会場に残され、スタッフからの説得が続けられた。
 セブンデイズセミナーにおいても統一原理の講義がされ、後半になって再臨の救世主が文鮮明であることが初めて明かされ、文鮮明の活動軌跡が紹介される。そして、それまでの一連の教育過程の主催が原理研であり、講義の内容が統一協会の教義であることが初めて説明される。
 セブンデイズを経て、再臨の救世主が文鮮明であることを受け入れた受講生は、原理研究会に入会し、ホームに生活拠点を移すことが奨励され、伝道活動やマイクロ活動等を実践することになる。

目次へ↑
第4 壮婦に対する伝道・教化活動について
1 鑑定チケット販売及びコース決定
Aいわゆる霊感商法(統一協会の信者から先祖の因縁等を説かれ、高価な印章、壷、多宝塔等を購入させられたというもの。)が社会問題化したことによって、昭和62年4月以降、壷、多宝塔、印章等の販売はされなくなったが、その後、主に壮婦を対象として、ビデオセンターにおけるビデオ受講をさせる目的で、運勢鑑定や婦人教養講座のチケット販売が行われるようになった。
 チケット販売においては手相判断や姓名判断が用いられるところ、その具体的な手法に関して、戸別訪問の際の勧誘文言等を詳しく記載した複数のマニュアルがあり、信者は、これらのマニュアルや先輩信者の指導に従い、カルチャーサロン等の名称を表示した会員証を持参してチケット販売活動を行う。なお、販売活動の際、統一協会の信者であることを明かすことはなかった。

Bマニュアルには、@婦人サークル等を名乗り、運勢鑑定の勉強をしていると話し、最初に相手方を褒める、A相手方の手相を見て褒める一方、今が転換期であると指摘する、B姓名判断をすると言って家に上がり、姓名判断をする過程で相手方の家族構成や財産等の情報を細かく聞き出す、C姓名判断の結果として再び転換期であると指摘するとともに、家系に悪い因縁があるため現在の家庭にも悪い影響を及ぼしかねない状況であって、相手方に、因縁を清算し家系を救う使命があると訴えかける(因縁トーク)、D転換期と因縁の話は相手方が「どうしたらいいのか」と聞いてくるまで続け、相手方がそのような発言をしたら、家系図鑑定を受けること、あるいは、家系図鑑定を受けた上で霊界や因縁に関するビデオ講座を受講することを勧める、といった内容が記載されている。

 また、夫に相談してから決めたいとか、特定の宗教を信仰しているなどの理由で消極的な姿勢を見せる相手方に対する対処の仕方も具体的に記載されている。手相判断に際しては、一般的に知られている「桑野式姓名判断」の方法が用いられており、信者は、姓名判断の基本的事項について信者がまとめた文書を見たり、先輩信者の指導を受けるなどして姓名判断を行うが、姓名判断の鑑定士になるための試験は特になく、信者が行う生命判断において良い因縁の指摘のみで鑑定が終わることはなかった。

C姓名判断において因縁トークを行う際、姓名判断の法則に従えば悪い因縁が出ていない場合であっても、無理矢理に悪い因縁が出ていることを示すといった方法がとられていた(F事件)。

D統一協会の教義に「因縁」という概念はなく、統一原理における「罪」の概念を理解しやすくする意味で用いられることがあるにとどまるのであって、信者の因縁トークは、統一協会の教義と直接の関係はない。

E運勢鑑定や婦人教養講座のチケット購入、あるいは物品購入をきっかけに、ビデオ講座の受講が勧誘される。例えば、鑑定チケットを購入した壮婦は、鑑定所において、鑑定士(実際には統一協会の一信者である。)の運命鑑定を受ける。鑑定士は家系図鑑定や姓名判断を行い、今が転換期であることや先祖の悪い因縁があることを指摘し、因縁を清算するには、鑑定所に通ってビデオを見ながら真理を学ぶ必要があるなどと説き、初級コース又は中級コースに勧誘する。

F信者は、統一協会との関わりを明確に否定した上で、相手方の悩みや財産状況等を把握し、因縁話等を用いて不安を与えた上で献金を迫るという手法は、全国的に用いられていた(F事件)。
2 初級コース
 初級コースにおいて受講生に見せるビデオは、若者向けのビデオセンターとは異なり、夫婦や家庭のあり方、霊界と因縁といった壮婦に身近な話題を多く含む内容となっている。また、ビデオ受講以外に、受講生の家系図を見る役割のスタッフが家系図鑑定を行い、先祖が無念の思いを残していることなどを伝える。
 また、「霊能力の高い先生」と称して信者が家系図鑑定を行い、先祖の因縁を指摘した上、因縁を清算しなければ、子が若くして亡くなるなどと具体的な害悪を告げて恐怖を与え、ビデオセンターに通い続けるよう仕向けるといったことも行われた(E事件)。
 さらに、受講生に対して、ビデオセンターに通って勉強していることを家族に話さないよう口止めをするといったことも行われた(F事件)。
目次へ↑
3 中級コース
 中級コースにおいては、創造原理や堕落論といった統一原理のビデオが見せられるほか、@家庭の主婦が実生活の中で意識せず犯している罪を自覚させることを意図した「愛による家庭の崩壊」、A女性が子宮をきれいにしているかどうかで子供の将来が決定されること、女性の思いは遺伝して霊人体に記憶され自殺等の形で現われることなどを内容とする「生命に対する尊厳性」、B人間はサタンに心を支配されており、再臨の救世主に出会うためには、財物に対する執着を捨てて神仏や先祖のために使うことや、異性との交わりを持たないことが必要とされることなどを内容とする「罪の清算と救い」というビデオも見せられる。
 なお、中級コースでは、再臨の救世主が統一協会の文鮮明であることは明かされない。また、スタッフは、和動を通じ、受講生の自犯罪(これまでの男性関係等)について聞き出す。
4 上級コース
A上級コース(教育トレーニング)又は準トレーニングは、講師が直接統一原理の講義を行う。ここでは、統一協会や文鮮明の名前が初めて明かされる。そして、受講生は、罪を清算して新しく信仰生活を出発させるという名目で、それぞれの財産状況に応じた金額で、献金や統一協会に対する金銭の貸し付けを求められる。
 さらに、幹部トレーニングと呼ばれる過程もあり、そこでは、「統一運動の展開」という講義において、「経済分野」としてワコム、クリスチャンベルナール、一和、男女美化粧品等が紹介される。
B献金を求める手法としては、罪の清算という名目のほかに、先祖の因縁を清算する「霊界解放」という儀式を行うなどして、財産を清めるために全て神に捧げる必要があると迫り、献金や貸付けを求めるという手法もとられる(EないしG事件)。霊界解放のために必要であるとして、献金ではなく物品(弥勒像など)を購入させることもある(A事件)。さらに、献金する際には、相手方が銀行で金銭を引き出すところから統一協会の施設に出向くまで信者らが同行し、献金の決意を翻させないよう心理的拘束を加えるということも行われた(E事件)。
5 信者となった後
 壮婦は、入信後は、既成祝福を受けることを目指して、時間のある限り、鑑定チケットや物品販売、教育過程の主任、和動スタッフ等の活動をする。物品販売等に携わった壮婦に対しては、公費ないし交通費等の名目で金銭が支給される。また、仏教的な内容を学ぶことが今後の伝道活動に役立つと言われ、統一協会の信者であるまま天地正教の活動に従事する者もいた。
(中略)
第3章 原告らの入信及び脱会の経緯
(中略)
目次へ↑
第4章 被告の損害賠償責任
第1 宗教活動の自由の限界
 統一協会の信仰は「人類は、始祖であるアダムとエバが犯した『原罪』をうまれながらに受け継いでおり、すべての人間は堕落しサタンの血統を受け継いでいること、人類は、『原罪』以外にも、先祖が犯した罪(因縁あるいは遺伝罪)を生まれながらに引き継いでいること、現代の物質文明社会はサタンが支配していること、神は、堕落した人間を罪のない立場に戻らせ、神が支配する地上天国を形成するため、救世主(メシア)としてイエス・キリストを地上に出現させたが、彼がその使命を果たすことに失敗したため、神は、再度、救世主として文鮮明を現代社会に出現させたこと、文鮮明には生まれつき『原罪』がなく、人類は、文鮮明とつながることによってのみ、罪を清算することができること」を教えの根本としている。イエス・キリストの死と復活による救済を否定している点でキリスト教と決定的に異なっており、原罪以外に因縁や遺伝罪を説く点でもキリスト教と大きな違いがあるが、統一協会の信仰も、旧約聖書の神(ヤハウェ)を唯一神とする一神教である。
 一神教の信仰は、神秘に帰依すること、すなわち、神秘なるもの(神が授けたとされる教えなど)を絶対に信じこれに自分を任せきることを意味する。このような信仰は、科学主義(合理主義)の対極に位置する神秘主義に属しており、人は、言葉による論理的な説明を理解して信仰を得る(神秘に帰依する)のではない。
 神秘に帰依するとの選択は情緒を大きく動かされて初めて可能であり、そうであるが故に、一旦、人が信仰を得た場合、その信仰がその人の心や行動を支配する力は絶大である。信仰は、人を教義や宗教的権威に隷属させる力を持っているのである。
 信仰を得ること、すなわち神秘に帰依するとの選択が上記のようなものである以上、教義や宗教的権威の言葉が間違っていることを言葉により論理的に証明してみせても、人の信仰を揺るがすことはできないのであって、一旦、ある者が信仰を得て信者となった場合、神が授けた教えに服従しようとする思考や生活態度は、極めて強固なものとなる。ましてや、現に生存し言葉を発する文鮮明を救世主とする統一協会の信仰にあっては、文鮮明の発する言葉に対する絶対的服従が習慣化することは必然である。
 憲法20条による信教の自由の保障は、宗教活動の自由の保障をも含むものと解されているから、わが国においては、他人に一神教の信仰を得させようとする伝道活動も原則として自由である。すなわち、神秘に帰依し教義に隷属することを勧誘しても構わないのである。
 しかし、わが国は、政教分離を前提とした近代的な法治国家であるから、ある行為が適法か違法かという法的判断は、法律によって決せられるし、法律の解釈適用は社会一般の(いわば世俗の)倫理観・価値観を通じて行われる。宗教活動に対する適法・違法の法的判断でも変わりはない。
 例えば、宗教的実践として苦痛を加える修行をさせる場合、その態様や結果が過酷で、社会一般の倫理観・価値観に照らして(すなわち宗教的観点からではなく客観的にみて)可罰的と評価される場合、刑事法による訴追を免れない。また、可罰的とまでは評価されないとしても、ある宗教活動が、社会一般の倫理観・価値観に照らして(すなわち宗教的観点からではなく客観的にみて)、社会として許容できる限度を著しく逸脱すると評価される場合(社会的相当性の範囲を著しく逸脱する場合)、その宗教活動は民亊上違法な行為として不法行為を構成するのである。宗教活動は、他人の生命・身体・財産と関わり合いを持つ部分では、何をしても構わないという特権的な地位が保障されているわけではないのである。
 憲法の基本的人権に関する条文は、わが国における社会一般の倫理観・価値観を、国家と個人との間の抽象的な規範として宣言するものである。憲法の理念は、憲法より下位の法律の解釈原理としても通用することが広く承認されており、例えば、全ての個人の自由や幸福追求に対する権利は尊重され(憲法13条)、何人も故なき奴隷的拘束を受けないこと(憲法18条)などは、様々な法律解釈の根本理念となっている。
 一神教の信仰を得る、すなわち、神秘に帰依し教義に隷属するとの選択は、(親が幼い子に家庭内で宗教教育を施す場合はともかくとして)あくまで、個人の自由な意思決定によらなければならない。個人の自由な意思決定を歪める形で行われた、信仰を得させようとする伝道活動や信仰を維持させようとする教化活動は、正当な理由なしに人に隷属を強いる行為であり、社会一般の倫理観・価値観からみれば許されないことである。そのような伝道・教化活動は、社会的相当性の範囲を著しく逸脱するものとして違法とされなければならない。
 そこで、以下、統一協会の信者による原告らに対する伝道・教化活動が、どのような特徴を持つかを検討し、これが違法なものかどうかについて検討する。
目次へ↑
第2 統一協会の伝道・教化活動の特徴
 第3章において個別に認定したところから明らかなとおり、原告らは、第2章に認定したのと同様の伝道活動を受けて、統一協会の信者となったものである。
 そして、第2章及び第3章に認定したところからみて、原告らに対して行われた伝道活動及び教化活動には、以下のとおりの特徴がある。
伝道における宗教性の秘匿
A多くの原告らは、
 @自己啓発セミナーであると説明を受け
 A世界情勢の勉強であると誘われて
 B社会問題を勉強する場所であると説明を受け
 C人生の転換期に差しかかっていて行動次第で運勢が大きく変化する時期だから、運勢を良くするための勉強が必要であると説明され
 Dカルチャーセンター、教育講座等であるとの趣旨の説明を受け
 それぞれ、ビデオセンターでの受講を開始している。
Bまた、他の原告らは、
 @占い及び家系図の専門家と称する者(信者)から、兄のベーチェット病は先祖の因縁(殺傷因縁)によるもので因縁を断ち切る必要があると説明され
 A占いの専門家と称する者(信者)から、様々な不幸の原因は先祖の因縁によるものであると告げられ
 B信者の知人から誘われて姓名判断を受けたところ、殺傷因縁があると指摘され
 C家系図鑑定士と称する者(信者)から、先祖の悪い因縁を清算する必要があると告げられ
 D親族に癌により亡くなった人が多いことを告げると霊的に問題があることが原因であると告げられ
 E家系図鑑定士を名乗る女性から、このままでは離婚することになるとか、離婚経験があり若くして亡くなった母親が未だに成仏しておらず助けを求めているなどと言われ
 F家系図鑑定の専門家を名乗る人物から因縁と霊界に関する話をされ
 G姓名判断の専門家を名乗る信者から、弟が心臓病の手術を受けたことは、先祖が武士であったことによる殺傷因縁が原因であると説明され、交通事故の線が出ているとも指摘され
 H家系図鑑定の専門家を名乗る人物から、幼くして兄弟が亡くなったことや母親が手術をしたことは、いずれも先祖の因縁が原因であると指摘され
 I先祖が真理を勉強させたがっていると説明され
 J姓名判断の結果、家族を救うための勉強が必要であるとされ
 それぞれ、先祖や因縁に関する真理を学ぶ、あるいは、先祖の因縁を清算するための勉強をしたいという気持ちになってビデオセンターでの受講を開始している。
目次へ↑
Cその上で、ビデオセンターでは、旧約聖書を題材にした講義ビデオや霊界に関する講義ビデオにより、人間が原罪を受け継ぎ堕落した罪深い存在となったことが歴史的事実として説明され、また、霊界というものが実在し、先祖の犯した罪が因縁となって現世に生きる子孫に悪影響を及ぼしていることが事実として説明される。
 原罪や霊界・因縁などは神秘に属する事柄であり、宗教教義の説明であるはずなのに、事実として原告らに提示されるのである。
 そして、実在する害悪(原罪や霊界・因縁)が生じたメカニズムを知り、それに対処する方法を学ぶため、ビデオセンターで勉強を続けるよう勧められるのである。

D ビデオセンターのスタッフや霊の親は、原告らの家庭環境、性格、悩みや問題意識など様々な情報を把握した上で、原告らの情緒と統一原理が共鳴するよう和動していたということができる。
  原告らの情緒と統一原理を共鳴させる手段として、統一原理と関係のない運勢鑑定(手相・姓名判断、家系図鑑定)が用いられることもある。そこでは、一信者が運勢鑑定の専門家を装うなどして、原告らの悩み、本人や先祖・家族の病歴その他不幸な出来事を巧みに聞き出した上で、先祖の因縁が根本原因であると説明し、因縁を清算しなければ子孫も不幸になるとして不安を煽り、原告らが、原罪や霊界・因縁が実在すると考えるよう仕向けるのである。

Eこのようにして、原告らをして、統一原理を浸透させるため周到に計画された一連の教育課程を進ませるのであるが、原告らに対しては、教育課程の一定段階(ライフトレーニングの後半)に至るまで、統一協会という名称はおろか宗教の伝道活動であることすら秘匿される。原告らから、宗教活動ではないのかなどと尋ねられた際にも、これを明確に否定し、あるいは巧妙にはぐらかすのである。
 宗教教義として説明されるより、科学的言説を用いるなどして説明される方が、多くの人は、原罪や霊界・因縁が実在すると信じやすい。このことが明らかであるため、統一協会は、原告ら受講生が、原罪や霊界・因縁が実在すると信じ易い状況を作出するため、宗教性を秘匿するものと考えられる。
 そして、宗教性を秘匿するため、宗教団体として世間一般で認知されている「統一協会」という名称は完全に伏せられるし、原告らが近親者や友人から宗教性を示唆される事態を防ぐため、ビデオセンターでの勉強内容を他人に話さないよう言葉巧みに受講生を口止めするものと考えられる。

F多くの日本人なら、宗教性が秘匿されようがされまいが、旧約聖書を題材にした原罪の話など「古事記」同様の神話にすぎないと考えるであろうし、霊界・因縁の話などは迷信にすぎないと考えるであろうと思われ、また、受講を秘密にするよう告げられることにも胡散臭さを感じるであろうから、宗教性が秘匿されたまま講義を受けたとしても、原罪や霊界・因縁が実在するとは感じないと思われる。
 しかし、宗教性が秘匿されたまま原罪や霊界・因縁の話を聞かされた場合、これを神話や迷信にすぎないと突き放すことができず、それらが実在するのではないかと感じる人は必ず一定割合でいるはずである。
 このような人が家族や友人に内緒で受講を続け、繰り返し、原罪や霊界・因縁に関する講義が「真理」であると告げられた場合、それら害悪が実在し、それら害悪こそが人間社会の不条理の原因であると納得したい、そう信じたいとの強い感情に陥ること、そして、その感情がその人の内面を支配した場合、その人は原罪や霊界・因縁の実在を信じて疑わない状態に陥ることが容易に想像される。
 原罪や霊界・因縁の実在を信じて疑わないことは信仰を受け入れたに等しいが、ここでは神秘に帰依するという選択を経て信仰を得たのではなく、神秘と事実を見誤って信仰を得たのである。
 このような信仰の伝道は、非常に不公正なものである。もし、同様の手法が経済取引(金融商品や健康関連商品の購入の勧誘など)において行われれば、独占禁止法、特定商取引法その他の様々な法律により、違法とされ、取締りがされることになるはずである。

Gライフトレーニングの後半には、受講生が、原罪や霊界・因縁の実在を信じて疑わない状態に達し、それに対処するための答えを望むようになるため、この段階で、初めて、統一協会の名が明らかにされる。
 「主の路程」の講義の後に、受講生が信者から「メシアを明かされておめでとう、霊界で先祖達も大喜びしているよ」と歓迎するのは、受講生が、実在する害悪に対処する答え(文鮮明とつながることで原罪や先祖の因縁が清算できるという答え)を得たことを祝福しているのであるが、受講生も、答えを得て素直に喜ぶから、もはや、宗教団体と知らされないで宗教団体のセミナーを長らく受講していたことに疑問を抱くことができない。
 原告●は、ライフトレーニングまでの教育が統一協会という宗教団体の活動だったことを知り、嘘をつかれていたことについて抗議しているが、それでも、信者から「宗教であることを事前に告げていたらここまで勉強を続けることはなかったのであるから、統一原理という真理に導くためには最初の段階で宗教であることを隠すのは必要なことである」と説明を受けると、これに納得し、その後、入信している。これは、同原告が、原罪や霊界・因縁の実在そのものは信じて疑っていなかったことを示すものということができる。

H上記のように、統一協会の伝道活動は、原告ら及びその他の受講生が、原罪や霊界・因縁という害悪が実在するとして信じて疑わない状態になるまで、伝道の宗教性を完全に秘匿することに大きな特徴がある。
 このような伝道活動で信者となった原告らは、宗教団体の活動であると告げずに、手相判断、姓名判断、先祖の因縁の説明といった手段で新たな信者を獲得することにも全く疑問を抱かない。
 例えば、原告らは、壮婦を対象に手相判断や姓名判断を用いて先祖の因縁を指摘し、因縁を清算する方法を学ぶためと称してビデオセンターを受講させ(原告●)、殺傷因縁があると言ってビデオセンターの受講を決定させ(原告●)、資産のある壮婦を対象に、姓名判断を交えながら相手方の悩みを聞き出し、先祖の因縁が原因であるなどと話して家系図の鑑定を行う信者を紹介し、ビデオセンターの受講につなげるという伝道方法を実践し(原告●)、手相を見ながら「転換期である」と指摘して伝道活動をし(原告●、原告●、原告●)、壮婦を対象に、姓名判断や家系図鑑定を用いて先祖から続く悪い因縁の存在を指摘し、因縁を清算しなければ悪い出来事が繰り返されるなどと話し、不安を煽って伝道する(原告●)といった活動を繰り返したのである。
目次へ↑
入信後の宗教的実践内容の秘匿
A統一協会は、他の宗教と同様、宗教的実践として毎日の祈りを求める。禁欲的生活を求める点では他の宗教よりも厳しいのではないかと思われる。しかし、統一協会は、わが国にみられる他の宗教と大きく異なり、次の@ないしCのとおりの特異な宗教的実践を信者に求める。
@心情解放展での「罪の清算」としての多額の献金
 前記のとおり、これは、新生トレーニングの時期に、いきなり求められるものであり、信仰を得た直後に、その時点で保有する金銭のすべてを献金するよう求められるのである。
A実践トレーニング直後からの献身
 前記のとおり、統一協会では、信者となって間もなくの時期に献身することを求められる。献身すると、自宅を離れてホームで生活しながら、宗教的実践として伝道活動に没頭するようになり、正常な社会生活を送ることがなくなる。また、経済活動の中でもマイクロ活動は肉体的に極めて過酷なものである。
B公式7年路程と祝福
 前記のとおり、統一協会の信者になると、好きな結婚相手を自分で見付けることができなくなるばかりか、諾否の自由がある見合い結婚とも異なり、文鮮明が指定した相手と合同結婚式で結婚することが求められる。また、祝福に至るまでにも多額の献金や公式7年路程が求められる。
C様々な経済活動
 前記のとおり、統一協会の信者は、文鮮明が定めた摂理を達成するため、献金及び物品購入並びに他人に対する献金及び物品購入の勧誘など、経済活動を行うことが要求される。しかも、物販活動では、ボランティア活動である等の嘘をついてまで統一協会の資金集めをしようとするのである。

B統一協会の信者は、普通の社会生活を送りつつ、一定年月にわたり信仰を維持・深化させ、その後に、他人に信仰を説いたり他人から浄財を集めるという段階を踏むわけではない。
 統一協会に入信すると、入信後間もない時期から、普通の社会生活を二の次にし、伝道と経済活動に膨大なエネルギーを注ぎ、そのような生活を続けた後に、合同結婚式で結婚するという人生をたどることになる。

C第3章において個別に認定したとおり、原告らも同様であって、献身状況等を整理した別表Gのとおり、過半数の原告らは実践トレーニング後、若くして、正常な社会生活を止めて献身者となり、その多くは過酷なマイクロ活動に従事している。
 原告ら(合計40名)と近親者原告ら(合計23名)が、本件において、教育関係費、献金及び物品購入費として拠出した金銭の合計は実に1億6000万円を超えている。この金額は、信者であった原告ら40名の頭数で除すると一人当たり約400万円に達する。原告らの入信年齢が比較的若く、最初の勧誘から脱会まで6ないし7年程度しかないことに照らせば、この金額は異常に高額なものといわざるをえない。
 また、原告らは、次の第3においてみるとおり、客観的にみれば、いわゆる霊感商法の被害者あるいは加害者となり、異常としか言いようのない統一協会の経済活動にのめり込んでいるのである。

Dところが、伝道の段階では、宗教性が秘匿されている時点においてはもちろんのこと、宗教性を明らかにした時点においてさえ、上記のような宗教的実践が求められることが秘匿されている。
 ライフトレーニングの後半ではメシアが文鮮明であると明かされ、原告らは、信仰を得て、文鮮明の教えに従って一定の修練・鍛錬を積み、原罪や霊界・因縁という実在する害悪に対処するため信者になろうと思ったはずであるが、多額の献金や経済活動、合同結婚式といったことが要求されることになるとは分からなかったはずである。
 教化活動として27日間の長期にわたる合宿形式で行われる新生トレーニングの後半(心情解放展)において、原告らは、初めて、罪の清算として多額の献金が必要であると教えられ、さらに、その後の教化活動として行われる実践トレーニングにおいて、原告らは、初めて、祝福や公式7年路程が必要であると教えられるのである。

E特異な宗教的実践(自分の人生と財産を差し出し、経済活動に従事すること)が要求されると予め分かっていたなら、多くの人は、その信仰を得ることに疑いを抱くであろうし、伝道は功を奏さないことが多いと思われる。
 逆にいうと、できるだけ多くの人に特異な宗教的実践をさせようとすれば、その内容は、後戻りできない状態の信仰が植え付けられた段階まで秘匿する必要がある。統一協会の信者が行う伝道・教化活動は、信仰を売ることによる内面的救済が主目的ではなく、できるだけ多くの人に特異な宗教的実践をさせることが主目的となっているが故に、その内容が秘匿されるものと解される。
 このことは、宗教性の秘匿と同様、あるいはそれ以上に、不公正である。
目次へ↑
教化活動における隔離
A信仰を得させるという伝道活動は、倫理観・価値観の転換を促すということであり、信者になった者の信仰を深めさせるという教化活動は、転換した倫理観・価値観を固定化するということである。

B統一協会の場合、伝道活動とは、信者でない者の倫理観・価値観を転換させ、全ての人間は原罪及び先祖の因縁(遺伝罪)を受け継いでおり、それら罪を清算することができるのは文鮮明だけであり、人類の救済活動として地上天国の完成を目指す文鮮明に金銭を届けることが罪の清算につながるという倫理観・価値観を植え付けることであり、教化活動とは、その倫理観・価値観を固定化することである。

Cもともと、人間の倫理観や価値観は、幼少時には家庭内で家族から影響を受け、その後、学校生活や社会生活を経験し、自分が属する共同体からの影響を受けながら形成される。倫理観や価値観は、説諭の言葉や文字を理解して倫理的に身に付くというよりも、むしろ、家族、教師、友人から、叱られたりほめられたり、家族、教師、友人が喜んだり悲しんだりする姿を見るなど、感情を伴った出来事が繰り返し記憶され、それら出来事が意識されることのない記憶として定着することによって形成されるものと考えられる。感情の共有(共感)を抜きにして倫理観・価値観が形成されるとは考えられないのである。
 したがって、統一協会の信仰としての倫理観・価値観を植え付けた後、それが揺るがないようにするためには、信者が信者以外の者と感情を共有しないように仕向けるのが効果的である。特に、信者と感情を強く共有する家族は、統一協会の倫理観・価値観を揺るがせることができる大きな存在であるから、家族と感情を共有しないよう仕向けることが最も効果的である。

D統一協会においては、教化活動の一環として、原告ら全員に対し、家族は、サタンとつながっており、サタンの支配下にあるため、信者を「拉致監禁」して無理矢理に棄教を迫る存在であると教え込み、そう信じ込ませていた。
 そして、次の@ないしFの原告らについては、家族が脱会を説得するのではないかと危惧された結果、周囲の信者は、原告らと家族との交流を遮断するため、原告らに身を隠させ、「対策」と称して、家族が原告らに接触できないようにした。「対策」のためなら、勤務先を強制的に退職させることも全く躊躇されない。
@原告●は、家族に「拉致監禁」される恐れがあるとして、平成5年3月以降、居場所を転々と移した。
A原告●は、知人の●が脱会したことから、近く「拉致監禁」により棄教を強いられる恐れがあるとして、勤めている会社を退職して献身するよう指示され、指示に従って勤務先を退職し献身者となった。
B原告●は、平成2年12月、統一協会の指示により、家族に知らせずに自宅のあった札幌から出奔して稚内に移り、勤務先を無断欠勤した上で退職してしまい、その後、各地を転々としていた。
Cその姉である原告●も、平成3年1月、家族に知らせずに自宅のあった札幌から出奔して稚内に移り、その後、各地を転々としていた。
D原告●は、平成9年3月、韓国人相対者と暮らすため渡韓しようとする直前に家族に保護されたが、家族はサタンとつながっており、信者を「拉致監禁」して無理矢理に棄教させられると教え込まれていたため、大きな恐怖を感じ、家族の元から逃げ出して身を隠し、その後、平成9年11月ころに渡韓した。
E原告●は、近親者が保護する準備をしているとの情報が入ったことから、伝道活動を止め、平成9年3月以降、信者が営む植木屋でアルバイトをして身を隠していた。
F原告●は、昭和63年2月ころ、母親が心配して東京まで会いに来たが、「拉致監禁」を避けるため、隙を見てその場から逃げ出し、それ以降、統一協会の方針により、家族には居場所を知らせずに「カミヤサオリ」という偽名を使って生活するようになり、外出も自由にできなくなったため、勤めていた会社を退職した。

E統一協会が求める宗教的実践は、人生と財産を差し出し、経済活動に従事するという非常に特異なものである。何の拘束もなければ、隷属を嫌う人間の本質からみて、普通の人は、このような宗教的実践に疑問を感じ、それから逃げようとするはずである。それが分かっているから、統一協会においては、信者が特異な宗教的実践から逃れようとすることを阻止するため、教化活動において、心理的及び物理的に社会から信者を隔離しようとするものと考えざるをえない。

実践の不足が信仰の怠りであるとする教化活動
A前記第1章ないし第3章の事実認定から明らかなとおり、原告らは、伝道を受けて入信した後、いずれも、再臨の救世主である文鮮明と同じ時期に自分が生きていることは奇跡であり、真理である統一原理を知った自分は選ばれた存在であるという使命感を持つようになり、たとえ、真理を知らない家族や知人の理解が得られなくとも、神と文鮮明のために尽くすことこそあるべき生き方であると感じるようになっている。
 原告●や原告●に至っては、文鮮明が再臨の救世主であるとの教義にさほど惹かれなかったにもかかわらず、霊界や因縁に関する教義に強く拘束され、自分が先祖の因縁を清算しなければならないという使命感は確信するようになり、先祖の救いのためと思って献金や物品購入をしていたのである。

Bその使命感は、万物復帰と罪の清算(自分の原罪及び先祖の因縁を清算する使命)を実践する使命感である。その使命の実践は、結局、伝道と集金によって行われる。

C伝道や集金が目標に達しない場合、信仰が足りない(信仰の怠りがある)とされ、原告らは、使命を果たしていないと感じるよう教化される。原告らは、自分が使命を果たさない場合、自分自身はもとより家族や先祖も救われないことになると教え込まれていたため、伝道や集金が思うようにできないことは、原告らにとって不安や恐怖をもたらすことになる。
 この不安や恐怖が、さらに伝道や集金の動機付けとなっていることも明らかである。
目次へ↑
第3 統一協会の経済活動の特徴
信者以外の者にも多額の金銭を拠出させること
A統一協会の信仰においては、信者のみならず、信者以外の者に金銭を拠出させることの宗教的意味も大きい。
 既にみたように、統一協会の信仰においては、先祖の罪は因縁として子孫に受け継がれるとされている。先祖が何の罪も犯していない人などいるはずがないから、統一協会の教えは、人はすべて因縁を背負っており、人はその因縁を清算しなければ救済されないことを意味する。

Bそのことから、信者は、信者でない者に金銭を拠出させることも、結局、その者の救済になると信じており、原告らも全員がそう確信していた。
 その確信が、信者以外の者に対しても献金や物品購入を勧誘する原動力となる。その際、因縁を説くことは統一協会の教義に照らせば何ら奇異なことではないのである。

Cいわゆる霊感商法は、裁判例によって違法行為であると認定され、昭和62年ころ以降、社会問題としては下火になっているが、因縁を説いて金銭を拠出させる行為が宗教的実践として行われる以上、これが容易にすたれるということはない。
 実際にも、原告らは、宗教的実践として、家系図を用いて因縁を指摘し壮婦に献金させるといった活動をしたり(原告●)、戸別訪問をして姓名判断や手相判断を行い、殺傷因縁等を指摘して相手方の不安を煽った上で、その不安を取り除くためとして印章や念珠を販売し(原告●)、壮婦を主な対象として戸別訪問し、子孫に苦労をさせないためとして家系図の鑑定を勧めて鑑定後に献金をさせ(原告●)、家系図鑑定を用いて因縁の話をし、その因縁を清算する方法として物品を買わせる(原告●、原告●)などしている。
性急で過剰な金銭拠出が躊躇されないこと
A金銭を拠出させることが宗教的実践(救済)であるとすれば、拠出は早ければ早いほど良く、拠出させる金銭は多ければ多いほど良いということになる。統一協会の信者は、他人に金銭の拠出を求める場合、相手方が蓄えを失って困るのではないかとの配慮をしない。
 原告らについてみても、次のとおり、入信前の段階で、信者から多額の金銭の拠出を強く迫られ、罪の清算のためとして多額の拠出をしている。

@原告●は、ビデオセンターに通っていた際、「ハンヨウ先生」と呼ばれる人物から、兄が同原告の身代わりに亡くなったこと、兄も祖父も地獄で苦しんでいること、霊界で苦しんでいる先祖を救うためには、すぐに用意できる金銭を全て差し出して念珠などの購入に充てる必要があることを告げられ、昭和62年10月及び11月、合計1100万円もの代金を拠出して念珠や弥勒菩薩像を購入したほか、その翌月の12月には300万円もの献金をしており、実に、入信前に1400万円の大金を統一協会に納金した。

A原告●の母親(亡●)は、信者ではないが、昭和63年4月(原告●入信後1年余りが経過した時期)に、悪い因縁の家系を救うためとして500万円もの大金を統一協会に献金した。

B原告●は、昭和63年11月(上級トレーニング中)、悪い因縁を断ち切り、罪を清算するためとして、400万円を献金した。

C原告●は、入信前の平成元年2月(上級トレーニング中)、355万円もの大金を罪の清算として献金した。

D原告●は、平成4年1月ころ、因縁を持ち出して未亡人の初老の壮婦に献金を勧め、その壮婦の老後の蓄えから300万円もの献金をさせた。

E原告●は、入信直前の平成4年12月ころ(ファイブデイズセミナーのころ)、霊能者だと名乗る女性から、全てを捧げて先祖の悪い因縁を清算する必要があるといった説明をされ、恐ろしくなり、定期預金を解約して224万円を献金した。

目次へ↑
嘘をついて物品を販売すること
 従前の裁判例でも、マイクロ活動等の経済活動において、統一協会の資金集めであるとは言わずに物品販売が行われていたと認定されているが、本件の原告らも同様の活動をしている。
 原告●や原告●は、会社の研修であると嘘をついてマイクロ活動として珍味を販売していたし、原告●は、統一協会という名前は出さないよう指示されて訪問販売し、病院を訪問する場合には、病院の許可は取らずに病室に入って販売活動をし、許可があるのか聞かれたら「許可されている」と嘘をつくようにと指示されていた。
 原告●や原告●は、学費を稼ぐためのアルバイトであると嘘をついてマイクロ活動をしていたし、多数の原告らが、慈善活動であると嘘をついて募金活動やマイクロ隊での物販をしていた(原告●、原告●、原告●、原告●、原告●、原告●、原告●、原告●、原告●)。
 マイクロ活動などの訪問販売活動や募金活動において、統一協会の資金集めという目的を隠すことは、販売実績や募金実績を上げるために必要なこととして、組織的に行われているとみられる。このような販売活動や募金活動は、詐欺的な行為であるが、原告らは、万物復帰の教えの実践として販売活動を行う以上、嘘をついてでも多額の実績を上げることの方が、嘘を躊躇することよりも重要であるとの宗教的確信に基づき行動していたものと考えられる。
第4 統一協会の信者の伝道・教化活動の違法性
 前記のとおり、わが国の社会一般の倫理観・価値観においては、人は故なき隷属から解放されるべきであるから、信仰による隷属は、あくまで、自由な意思決定を経たものでなければならない。信仰を得るかどうかは情緒的な決定であるから、ここでいう自由な意思決定とは、健全な情緒形成が可能な状態でされる自由な意思決定であるということができる。
 したがって、宗教の伝道・教化活動は、自由な意思決定を歪めないで、信仰を受け入れるという選択、あるいは、信仰を持ち続けるという選択をさせるものでなければならない。
 伝道活動についてみると、信仰を受け入れさせるという宗教の伝道活動は、まず第一に、神の教えであること(教えの宗教性あるいは神秘性)を明らかにした上で相手方に信仰を得させようとするものでなければならないとすべきである。神秘と事実を混同した状態で信仰を得させることは、神秘に帰依するという認識なしに信仰を得させ、自由な意思決定に基づかない隷属を招くおそれがあるため、不正な伝道活動であるといわなければならない。
 次に、入信後に特異な宗教的実践が求められる場合、その宗教の伝道活動においては、入信後の宗教的実践内容がどのようなものとなるのかを知らせるものでなければならないとすべきである。信仰を得させた後で初めて特異な宗教的実践を要求することは、結局、自由な意思決定に基づかない隷属を強いるおそれがあるた め、不正な伝道活動であるといわなければならない。
 次に、教化活動についてみると、信仰を維持させるという宗教の教化活動の場面においても、歪んだ形で情緒を形成させることは許されない。人は、信者以外の家族や友人・知人とのつながりにより常に情緒面での変化を遂げるから、一旦得た信仰であっても、これをいつまでも持ち続けるとは限らない。これは仕方のないことである。信仰の維持を強制するため、人の情緒面での変化をもたらす家族や友人・知人との接触を断ち切り、歪んだ形で情緒を形成させ、信仰を維持させることは、不正な教化活動であるといわなければならない。
 また、宗教教義の実践をさせるという教化活動においては、不安や恐怖を煽ってどのような宗教教義の実践をさせても良いと考えることはできない。
 もともと、旧約聖書の神(ヤハウェ)は、祈りの放棄や棄教といった裏切りに対し苛烈な罰を課する神であるから、旧約聖書に基づく一神教において、このような信仰の怠りに対する罰(救済は否定され永遠の地獄で苦しむことになる等)を教えること自体は、いわば当然の帰結となる。
 その結果、信者が罰を怖れて祈りを実践し棄教を思い止まり、そのことが信仰を維持させる力となっていることは否定できないが、そのような罰の教えにとどまるのであれば、現代社会でも、不当なものとすることはできない。
 しかし、金銭拠出の不足を信仰の怠りとする教化活動の是非となると問題は別である。祈りをするしないは純粋に人の内面にとどまる問題であるが、金銭拠出の不足を信仰の怠りとした場合、これによって生ずる問題は人の内面にとどまらない。信者は、救済が否定されてしまう不安や恐怖に煽られ、金銭拠出に不足が生じないよう、貴重な蓄えを宗教団体に差し出して経済的困窮に陥るかもしれないし、どのような手段を講じてでも金銭を手に入れようとするかもしれず、社会的に看過できない事態が生じるおそれが強いからである。
 したがって、金銭拠出の不足を信仰の怠りとし、そのことが救済の否定につながるとの教化活動は、その程度が行き過ぎとみられる場合には、やはり不正なものといわざるをえない。

目次へ↑
 統一協会の信者による伝道活動について
A既に見たとおり、統一協会の信者が原告らに対し組織的に行った一連の伝道活動は、宗教性を秘匿しながら、手相、家系図、姓名判断などの運勢鑑定を用いたり、霊界や因縁を語って恐怖心を煽ることをも厭わないで、原罪や霊界・因縁が実在する害悪であり、統一原理が教義ではなく真理であると信じ込ませる手法で行われている。

Bまた、入信後は、人生と財産を差し出し、経済活動に従事するとの特異な宗教的実践が求められ、多額の集金に成功することが信仰の証しであるとされる組織体系に組み入れられることになるが、原告らに対しては、そのことを知らせないで、とにかく統一協会の信仰を持つよう伝道がされた。

C前記第1章及び第3章の事実認定からも明らかなとおり、統一協会の信者が原告らに行わせたマイクロ活動は、客観的にみれば、労働基準法を無視した過酷な労働環境の下、虚偽の事実を告げて物品を販売するというものである。さらに、前記第3に説示のとおり、統一協会の信者が求める金銭の拠出は、性急かつ過剰であり、相手方の経済状態を考慮しないという意味で情け容赦がない。マイクロ活動に従事させたり性急かつ過剰な金銭拠出を求める行為は、経済的収奪と言い得るものである。

D結局、統一協会の宗教的実践とは、多額の集金が信仰の証しであるとされ、自分自身も経済的収奪を受ける組織体系に組み込まれることを意味するが、原告らは、そのような組織体系に組み入れられることを全く知らされないで信仰を植え付けられ、そのような組織体系に組み入れられることを拒絶することができなかったのである。

E被告は、伝道の過程において、いつどのような態様で伝道内容が宗教であることを明かすかは、信教の自由の一内容として、宗教団体が自由に決めて良いのであり、偏見を持たずに統一原理を一通り学んでもらった上で信仰を受け入れるかどうか判断してもらう必要があったから、宗教性を明らかにしないで伝道することをも許される旨を主張する。しかし、既にみたとおり、宗教性を秘匿して人に信仰を植え付ける行為は、自由な選択に基づかない隷属を招くおそれが強い。特に、統一協会の場合、入信後の宗教的活動が極めて特異で収奪的なものであるから、宗教性の秘匿は許容し難いといわざるをえない。
 統一協会の信者による教化活動について
A 既にみたとおり、統一協会の信者は、教化活動の様々な場面において、原告らに対し、心理的に、家族や友人・知人との接触を怖れるよう仕向け、必要とあれば「対策」と称して、物理的にも、家族や友人・知人との接触を妨げ、原告らが信者以外の者と感情を共有することを禁じている。
  心理的に家族との接触を怖れるよう仕向ける方法は、恐怖心を利用したものである。原告らは、先祖の因縁を清算する使命があり、その使命を果たさなければ先祖も現世の家族も苦しみ続けると教えられるが、現世の家族はサタンとつながっている(サタンの支配下にある)ため原告らを棄教させようと企てていると教えられるから、結局、家族との交流を保って棄教させられると使命が果たせず、先祖も現世の家族も苦しみ続けるとの恐怖心が生じ、家族との健全な交流が断絶させられる結果、情緒の形成が歪められ、信仰を持ち続けるように仕向けられるのである。
B また、原告らは、献金や物品購入による金銭拠出の不足が信仰の怠りにつながり、救済(先祖、自分自身及び現世の家族の罪の清算)の否定につながるとする教化活動を継続的に受けていたことが明らかである。原告らは、救済の否定という不安や恐怖に煽られ、献金や物品購入の目標額に不足が生じないよう、自分自身の貴重な蓄えを取り崩したり、嘘をついて家族の蓄えを取り崩させたり、嘘をついて他人に物品販売をしたり、高利金融業者から金を借りるなどしているのである。
まとめ
 以上のとおりであって、統一協会の信者が原告らに対して行った伝道活動は、宗教性や入信後の実践内容を秘匿して行われたもので、自由意思を歪めて信仰への隷属に導く不正なものであるし、統一協会の信者が原告らに対して行った教化活動は、家族等との交流を断絶させ、金銭拠出の不足が信仰の怠りであり救済の否定につながると教えて信仰を維持させ、特異な宗教的実践を継続させようとする不正なものである。
そして、前記第2においてみたとおり、これら不公正な伝道・教化活動は、原告らに財産を差し出させ、原告らを集金活動に従事させるという特異な宗教的実践を強制するものであり、客観的にみれば、統一協会が経済的利益を獲得する目的で行われたといわざるをえない。原告らに対する伝道・教化活動と同様の手法で、経済取引の勧誘が行われたとすれば、そのような勧誘はわが国の法律では取締りの対象とさえなるのである。
 したがって、統一協会の信者が原告らに対して行った伝道・教化活動は、社会的相当性の範囲から著しく逸脱する民事上違法な行為であるといわなければならない。
目次へ↑
第5 統一協会の原告らに対する損害賠償責任
民法715条による損害賠償責任の存在
A前記のとおり、統一協会の信者が原告らに対して行った伝道・教化活動は、社会的相当性の範囲を著しく逸脱する違法なものであり、民法709条所定の不法行為を構成するといわざるをえない。
  そして、信者の不法行為は、統一協会の宗教教義の実践として行われたことが明らかであるから、被告は、民法715条に基づき、信者の不法行為によって原告ら及び近親者原告らに生じた損害を賠償すべき責任を負う。

B被告は、宗教活動は民法715条1項にいう「事業」に該当しないとか、被告の規則に規定されていない活動について事業執行性を認めることはできないなどと主張する。しかし、使用者責任は、被用者を使用することで活動範囲を広げて利益を得ている以上、その活動により生じた損害にも民事責任を持つべきであるという報償責任原理、あるいは、他人を使用することで新たな危険を作出している以上、その危険が実現化して生じた損害についても民事責任を負うべきであるという危険責任原理に由来するものである。報償責任原理及び危険責任原理のいずれに照らしても宗教活動が「事業」から除外されると解すべき理由はなく、被告が、信者の不法行為について民法715条所定の使用者責任を免れる理由はない。

C原告ら及び近親者原告らが賠償を受くべき損害は、違法な伝道・教化活動によって拠出を余儀なくされた教育関係費、物品購入費、献金といった財産的損害(被害表1ないし3の損害)、違法な伝道・教化活動によって献身するよう仕向けられ、家族や社会から隔離された生活を余儀なくされ、あるいは肉体的に極めて過酷なマイクロ活動に従事させられたことによって原告らに生じた肉体的・精神的苦痛(非財産的損害)である。
原告らの金銭拠出と相当因果関係
A原告らの金銭の拠出は、個々の拠出の場面だけを切り取って観察すれば、自発的に行われているが、違法な伝道・教化活動がされなければ原告らが被害表1ないし3の拠出をしなかったであろうと推認することができるから、これら金銭の拠出は信者の不法行為と相当因果関係に立つ損害ということができる。以下、若干の個別的な検討を行う。

B原告●は、第3章に認定のとおり、原告らの中で唯一、最初に勧誘された時点で統一協会の伝道活動であることを認識しており、統一協会に対する批判的な目線を持ちながらも納得の上で統一原理の信仰を持つに至り、昭和57年8月以降いったん原理研究会から離れたが再度復帰したものである。このような同原告の入信経過に照らせば、信者が伝道活動によって同原告に統一協会の信仰を得させたこと自体を違法行為と評価することは困難である。したがって、同原告が拠出した教育関係費、献金関係費及び物品購入費は、それらの拠出が宗教性を秘匿した伝道活動とは別の違法行為による損害と認められない限りは、違法行為により被った損害ということはできない。
 そこで検討すると、同原告の金銭拠出のうち、被害表2の番号6及び7の合計225万円については、拠出当時の同原告の生活状況に照らせば、金銭拠出の不足が信仰の怠りであるとの教化活動に影響されてのものと認めることができるから、違法な教化活動による損害ということができるが、それ以外の拠出については、不法行為による損害と認めることはできない。

C原告●は、第3章において認定したとおり、原理研究会での活動を続けるため学生を続けるよう先輩信者から言われ、在籍していた短期大学に編入することを決め、父親である亡●がその編入費用を支払ったのである。
 原告●は、違法な伝道活動によって信仰を受け入れ、その信仰の影響下で上記編入に至ったものであり、上記編入に要した学費は、違法な伝道活動による損害というべきである。

D原告●の被害表2の番号9記載の祝福感謝献金のうち20万円については、祝福の相対者である男性が拠出したものであるから、同原告の損害とは認められない。

E原告●の被害表3の番号1記載の物品購入費22万2680円及び原告●の被害表3の番号1記載の物品購入費10万円については、同原告らがビデオセンターに誘われる前に拠出したものである。原告●の被害表3の番号1記載の物品購入費40万円についても、同原告が入信する前に、健康によいという理由で高麗人参茶を購入したものである。
 また、原告●の被害表3の番号5の物品購入費49万4400円については、同原告は既に統一協会の活動から離れていた時期のものであって、原告●に申し訳ないという気持ちから拠出されたものである。
 これらは、いずれも、原告らの自由な意思決定に基づく拠出であるから、違法な伝道活動による損害とは認められない。
目次へ↑
近親者原告らの物品購入と相当因果関係
A 近親者原告らのうち、原告●、同●、同●、同●、同●、同●、同●、同●、同●、同●、同●、同●、同●、同●及び同●は、万物復帰のための経済活動として行っていた物販展に動員されるなどして、物品を購入したものである。
B 原告らに物品を買い与えた場合(原告●、同●、同●、同●、同●の近親者被害表の番号2、同●の近親者被害表の番号2、同●の近親者被害表の番号1、同●の番号2及び3、同●、同●、同●の近親者被害表の番号1)については、物品購入費は、信者の不法行為によって近親者原告らに生じた損害と認められる。
  原告らは、自由な意思決定を阻害されて受け入れた信仰の影響下で、万物復帰や摂理の名の下、物品を購入することが求められていたのであり、近親者原告らが原告らに物品を買い与えるために支出した代金相当額は、原告らの物品購入代金を肩代わりして支払ったものと評価することができるから、信者の不法行為と相当因果関係に立つ損害と認めることができる。
C これに対し、近親者原告らが、原告らの勧めに応じ、自分自身又は原告ら以外の第三者のために物品を購入した場合については、その出捐と信者の不法行為との間の相当因果関係を肯定することは困難である。
  物品販売が組織的体系的に行われていたとはいえ、そこで販売されている物品は高額な物が多く、動員した顧客が必ず物品を購入するわけではないし、しつこく購入を迫られたことはあるにせよ、害悪を告知され不安を煽られるといった詐欺的恐喝的な方法によって物品を購入させられるわけではなく、統一協会の信仰を持たない近親者原告らが、罪の清算や万物復帰の実践のため購入を余儀なくされる心理状態に陥るということもないはずであるから、購入には、統一協会の信仰を持っていない近親者原告らによる自由な意思決定が介在するといわざるをえない。
  確かに、信者による原告らに対する不法行為がなければ、近親者原告らが統一協会の物販活動に接することもなかったであろうし、近親者原告らに対する購入勧誘は、宗教的実践の一環であるのにそのことを隠して行われてたことも事実であり、物品購入が不本意なものであったことは理解できるが、近親者原告ら自身の自由な意思決定に基づく物品購入費の拠出まで、信者の原告らに対する不法行為と相当因果関係に立つ損害と認めるのは、やや無理があるのではないかと思われる。

献身損害について
A原告らは、実際に献身をした者について、献身しなければ得られたはずの賃金相当額として賃金センサスをもとに算出した逸失利益(献身損害)が損害であると主張し、その賠償請求を求めているので、その主張について検討する。

B献身をした原告らは、信者の違法な伝道・教化活動により、自由な意思決定によらずに統一協会の信仰を持ち、その信仰から抜け出ることができず、その結果、一般社会に出ることなく献身するに至り、あるいは、勤務先を退職して献身することを選択したものである。そして、献身した原告らは、献身期間中、ホームにおいて信仰中心の極めて禁欲的な生活を送り、毎月の達成目標に向けて過酷な無償労働(伝道活動、経済活動)に従事し、棄教の罪深さや先祖の因縁に対する恐怖心も相俟って、献身を止めて一般社会で働くという行動に出ることが精神的に困難な状況に追いやられていたということができる。

Cしかし、献身した原告らは、信者の不法行為によって意思決定の自由を侵害されたのであり、労働能力を侵害されたわけでも、一般社会で働くことが物理的に不可能な状態に置かれたというわけでもない。
 賃金センサスによる逸失利益の認定は、死傷による労働能力の喪失という事態が生じた場合の逸失利益の認定手法として、わが国の裁判実務で定着してはいるが、死傷によらないで正常な労働が阻害された事態にも通用するものかどうかは疑問である。
 献身によって正常な労働が妨げられ、正常な労働ができたなら得られたはずの収入を失ったとして逸失利益を認定する場合には、やはり、献身がなければ得られたであろう収入がどの程度であったのかを個別的に考え、その収入との対比で逸失利益を認定するしかないものと思われる。ところが、献身した原告らについて、その献身前の就労状況、献身期間中の年齢、学歴などから、献身期間中、少なくともこれだけの収入が得られたはずであるとの事実認定は極めて困難であり、結局、献身によって生じた財産的損害としての逸失利益を一定金額をもって認定することは不可能であるといわざるをえない。

Dしたがって、献身によって正常な家庭生活や社会生活を送ることができず、あるいは身体的に過酷なマイクロ活動に従事させられたことによって生じた損害は、精神的苦痛あるいは肉体的苦痛として、慰藉料によって償われる損害とするのが相当である。

目次へ↑
慰藉料について
A原告らは、統一協会の信者による違法な伝道・教化活動の結果、自由な意思決定によらないで統一協会の信仰を持つに至り、教義の実践のためだと信じ、献金や物品購入を通じて多額の金銭を拠出させられたばかりか、宗教教義の実践として、近親者や友人に統一協会が推奨する物品を購入させるとともに、伝道活動により同種の被害者となりうる信者を再生産させられ、その過程で、私生活を犠牲にし、近親者や友人との関係をも損なったのである。

Bまた、献身をした原告らは、心身ともに過酷で無償の伝道活動や経済活動に従事して貴重な時間を費やすことも余儀なくされ、正常な社会との関わりを失うに至ったのである。

C合同結婚式に参加した原告らは、自由な意思によらない結婚を余儀なくされたし、原告●、原告●及び原告●は、実際に、慣れない韓国での家庭生活で辛酸を舐めながらも、文鮮明が選んだ理想の相手であるという理由で、意に沿わない結婚生活から抜け出ることができなかったのである。

D原告らは、それぞれに事情は異なるものの、いずれも、違法な伝道・教化活動に囚われ、財産的損害のてん補だけでは償えない深刻な精神的・肉体的苦痛を受けたことが明らかであり、その苦痛は慰藉料をもって償われるべきである。

E原告●については、前記2Bに認定のとおり、入信したこと自体を違法行為に基づくものと認めることはできないが、入信後に献身を求められることや、原罪を清算する唯一の方法が祝福であるとの理由で自由な意思によらない結婚を余儀なくされることを告げられた上で入信したものとは認められない。したがって、同原告は、献身者として活動し、あるいは合同結婚式に参加したことによって、財産的損害のてん補では償えない精神的・肉体的苦痛を受けたと認めるべきであるから、その限度で、他の原告らと同様に慰藉料を認めるべきである。

F原告らが被った苦痛を慰藉するための慰藉料については、次のとおり、入信期間等の長さに応じて一定額の金額を定めた上(1か月に満たない月も1か月として期間を計算)、特に深甚な苦痛を受けたと認められる原告らについては個別に加算して金額を定めるのが相当である。
 具体的には、

@入信期間1か月当たり1万円を基礎とし(ただし、原告●については入信期間は考慮しないこととし、原告●については、その入信経過から、平成6年3月までを慰藉料を認めるべき入信期間とした。)、

A献身期間については1か月当たり3万円を加算し、

Bマイクロ活動に従事した原告らについては従事期間1か月当たり4万円を加算し(ただし、原告●については考慮しない。)、

C過酷な海外宣教活動に従事していた原告ら(原告●、同●、同●、同●については従事期間1か月当たり5万円を加算し、

D宗教教義の実践として本意でない入籍を余儀なくされた原告ら(原告●、同●、同●、同●、同●、同●、同●、同●、同●、同●、同●については、その事情を考慮して加算し、

E実際に「対策」と称して社会から身を隠して逃亡生活を余儀なくされた原告ら(原告●、同●、同●、同●、同●、同●については、その事情を考慮して加算し、

F宗教的実践の過程で病気や怪我をし、特に苦痛を受けた原告ら(原告●、同●、同●、同●については、その事情を考慮して加算し、

G祝福を受けた後、実際に相対者と同居しての家庭生活で辛酸を舐めた原告ら(原告●、同●、同●については、その事情を考慮して加算し、原告らそれぞれにつき、別表Gの「慰藉料」欄に記載のとおり、支払われるべき慰藉料を定めるのが相当である。
弁護士費用について
 原告ら及び近親者原告ら全員について損害額の1割を信者の不法行為と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。
まとめ
 以上に説示の原告ら及び近親者原告らが賠償を受くべき損害を整理すると、別表Gのとおりとなる
目次へ↑
第6 伝道・教化活動の活動主体に関する被告の主張につい
1 連絡協議会及び信徒会について

A被告は、ビデオセンターでの伝道活動を含め、これまで認定判断してきた信者による伝道・教化活動、原告らを含む信者が行っていた経済活動は一部の信者による任意の信徒団体(連絡協議会又は信徒会)が行っていた活動であって、統一協会は一切関与していないし、統一協会には献身制度はなく、原告らは信徒団体に献身していたにすぎないと主張するので、この主張について検討する。

B連絡協議会又は信徒会が被告とは別個独立の信徒団体であったとすれば、その信徒団体は極めて多数の信者により構成され、全国で活動していたはずであるから、団体の運営に関する基本的な事項を定めた規約が存在するはずであり、連絡協議会の収支を示す書類なども当然作成されていたはずであるが、そのような資料は、一切、被告から提出されていない。また、経済活動については、売上目標が毎月設定され、目標達成が非常に重視されており、その売上目標はかなり高額であったにもかかわらず(例えば、甲第98及び第104号証によれば、旭川支部のある月の目標は、経済活動全体で1500万円であったことが認められる。)、連絡協議会と信徒会はいずれも、それらの収支に関して税務申告を行っていなかった(その事実は証人●及び証人北村公樹の各証言から明らかである。)。

Cさらに、連絡協議会の北海道ブロック岩見沢地区の活動拠点の建物(名称は「アイカム」)の賃借人が「婦人サークル教会連合会」という団体であり(乙11、乙13の1、証人●の証言)、連絡協議会の北海道ブロック旭川地区の出発決断式の主催団体が「統一運動推進連合協議会(ときわの会)」という団体とされており(甲137)、連絡協議会が活動主体として対外的に表示されるのが自然であると考えられる場面において、実体不明の団体名が主体として現れている。

D横浜信徒会の代表者であったという証人●は、乙第9号証及び証人尋問において、横浜における連絡協議会及び信徒会の活動をまとめた冊子として「神奈川統一運動史」(甲40)を作成し、平成19年3月に完成させたと供述する。
 しかし、同冊子には、被告と連絡協議会・信徒会各々の部署や構成員が混在して記載されており、むしろ両者が同一組織であることを推認させる内容となっている。すなわち、同冊子には、信徒会とされる組織が「横浜教会」や「横浜西教会」などと表記され、「横浜教会」の部署として、信徒会の部署とされる教育部、実践部などが挙げられている上、「横浜教会」の一部署という位置づけで、被告の公認教会である横浜教会が「教会」として記載されている(甲40の81ないし88頁)。他方で、連絡協議会・信徒会の組織を記載するのであれば一部署として記載されるべきビデオセンターが「友好団体」とされている(甲40の89頁)。
 また、被告歴代会長、横浜を管轄するリージョンの歴代会長、教区の歴代リーダーという被告の幹部が掲載されたすぐ後に、「歴代信徒代表」として●を始めとする連絡協議会又は信徒会の責任者が掲載されている上、教区歴代リーダーとして掲載されている7名のうち2名は、連絡協議会の幹部とされる人物である(甲40の30ないし32頁)。
 「横浜教会年表」と題する年表の中には、連絡協議会又は信徒会の役職とされる信徒代表などの人事と、被告の役職とされる教区長の人事が区別なく記載されている上、連絡協議会が発足したとされる昭和57年の前年の欄に、連絡協議会の役職とされるブロック長の人事が記載されている(甲40の58ないし70頁)。

 さらに、被告の職員である橋康二中央神奈川教区長が巻頭言を述べているが、その内容は、別組織である信徒会の運動史完成を祝うものと理解するのが困難であり、むしろ、被告中央神奈川教区が主導して同冊子を作成したというものとなっている。そして、そのことを裏付けるように、同冊子に掲載されたメッセージの中に「発行に際し、企画主管された橋教区長」とか「第二地区、中央神奈川教区として統一運動史を発刊することができた恵みを感謝申し上げます」という記載がある(甲40の35、97頁)。

E入信した原告らは、例外なく、自分の活動は、連絡協議会や信徒会としての活動ではなく、統一協会の宗教教義の実践であったと供述している。それだけではなく、現在も信者として活動している被告側の証人らも、自身の所属する団体の正式名称を長らく知らずにいたと証言しており(例えば、証人●は、昭和60年に献身者となったが、連絡協議会という名称を知ったのは今から約10年前であると証言している。)、自分が献身して活動する団体の正式名称を知らないというのは余りにも不自然である。

F伝道活動や経済活動の出発決断式には、会長を始めとする被告の幹部や教会長などがたびたび出席しており(甲137ないし139、甲リ50、証人●など)、被告の会長(当時)が自ら経済活動の目標金額を提示したことが認められるほか(甲220)、連絡協議会の役職であるはずの管区長が文鮮明に直接会うこともあり、信者は、そのことを根拠に史上最高の実績を出すよう言われたことが認められる(甲224)。
 さらに、文鮮明は、連絡協議会の最高責任者とされる古田元男に対して献金の指示を出していたし(甲リ49、65)、被告の会長(当時)に対しては、日本からの金銭拠出が少ないことを叱責する趣旨で「エバ国から、はずして欲しいんだったら、今、言いなさい。すぐ、外してやるよ」などと厳しく迫ったことや、その場にいた橋康二が「11月29日までに100やります」と決意表明しているのである(甲40の23ないし24頁)。

G連絡協議会の岩見沢地区の組織図には、教会長や副教会長という役職が記載されており(甲A43の1)、また、旭川地区の組織図には、「神」「真の父母」とある下に「会長」「社長」と記載され、その下に管区長など連絡協議会のものと主張されている役職が記載されている(甲99)。

H人事面においては、証人●は、北神奈川教区長を務めていた佐藤信次郎が教区長を辞めた後に川崎信徒会の信徒代表に就任し、信徒代表を辞めた後に再び教区長に就任したと証言しており、その証言内容を前提としても、被告と信徒会が人事面で密接に連携していたことがうかがわれる上、甲第186号証によれば、佐藤信次郎が信徒代表を務めていたとされる時期には、教区の運営本部長も務めていたことが認められる。また、証人北村公樹は、信徒会の教育部長を務め、その職を退いた翌年の平成8年から教会長に就任したと証言するが、甲第221及び第223号証によれば、同人は、信徒会の役職に就いていた平成6年の時点で教会長に就任していたことが認められる。
 会計面においては、岩見沢地区において、統一協会に上納すべき献金の一部が地区の収入とされていたことが認められるほか(甲A43の2ないし16)、川崎支部においても、統一協会において最も基本的な献金である月例献金の一部を支部の経費に使っていたことが認められる(甲180)。

I以上の諸事情にかんがみれば、宗教団体である被告の組織とは別個独立に、連絡協議会又は信徒会という信徒団体が組織されていたとは到底認めることができず、被告が連絡協議会又は信徒会として主張する組織は被告の一部を構成するものであって、第1章及び第2章において認定した信者の活動は、すべて被告の宗教活動として行われていた事実を左右すべき事情は何ら見当たらない。
全大原理研について
 被告は、全大原理研と被告との間にも指揮命令関係がないと主張する。しかし、前記のとおり、連絡協議会は被告の一部であると認められるところ、第1章及び第2章において認定したとおり、原理研究会の伝道活動や実践活動の態様は、ビデオセンターを設置運営していること、合宿形式の修練会を設けて再臨の救世主を明かすこと、勧誘当初は統一協会の伝道活動であることを隠すこと、家族に話さないよう口止めをすること、実践活動としてマイクロ活動を行うことなど様々な点において、連絡協議会の活動とされるものと類似しており、活動目的も共通していたものと認められる。そうすると、全大原理研や原理研究会が、宗教団体である被告の組織の一部を構成しているという事実関係までは認めるに足りる証拠がないものの、一連の伝道活動や実践活動が被告の指揮命令なしに独立して行われていたと考えることは困難である。よって、被告と全大原理研の間に指揮命令関係が存在すること自体は否定することができないところである。

天地正教について
 被告は、天地正教は統一協会とは別個独立の宗教法人であり、指揮命令関係はないと主張する。しかし、教主である川瀬カヨが文鮮明を救世主として信奉していたこと(争いのない事実)、壮婦信者の中には天地正教の活動に従事する者もいたこと(A事件の認定事実)、被告の教区が主導して作成したと認められる甲第40号証には、平成11年に天地正教が統一協会と事実上吸収合併したとの記載があること、天地正教の信者に献金をした原告●は、統一協会の信者から献金の勧誘を受け、霊界解放と称して念珠や弥勒菩薩を購入した家庭で当該献金を行っており、その際のトーカーは統一協会の献身者であったこと(第3章の認定事実)などの事情に照らせば、平成11年以前においても、被告と天地正教の間には少なくとも指揮命令関係があったと認めるのが相当である。
海外宣教について
 被告は、原告らの一部が参加した海外宣教について、世界平和家庭連合が主催したものであって被告は関与していないと主張する。しかし、被告の部署として世界宣教部があること(証人北村公樹)、平成8年から平成9年にかけて行われた修練会において、●が文鮮明から6000名の海外宣教師を出すようにと直接指示されたこと(甲40)、原告●が海外宣教に行く際の案内文書には、南米の世界平和家庭連合からの要請に応えてボランティア活動として行く「事とする」と記載されており(甲エ23)、同原告が現地の人に活動目的を説明するために作成した原稿には、文鮮明のみ言を受けて摂理のために来たという目的が明確に記載されていること(甲エ33)などの事情にかんがみれば、海外宣教は統一協会の活動として行われていたことが明らかである。したがって、被告の主張は採用できない。

目次へ↑
第7 消滅時効の成否について
 被告は、原告●及び同●を除く原告ら全員について、遅くとも原告らの脱会時には加害者及び損害を知っていたことが明らかであり、脱会から既に3年が経過しているとして、消滅時効の成立を主張する。
 民法724条が消滅時効の起算点を「損害及び加害者を知った時」としているのは、被害者の知らない間に損害賠償債権が時効消滅するという事態を避け、被害者に権利行使の機会を確保するためである(潮見佳男「不法行為法」286頁)。このような趣旨にかんがみれば、同条にいう「損害及び加害者を知った時」とは、被害者が、損害賠償債権を行使することが事実上可能な状況の下、権利行使が可能な程度に損害及び加害者を知った時と解すべきである(最高裁判所昭和44年11月27日第一小法廷判決・民集23巻11号2265頁、同昭和46年7月23日第二小法廷判決・民集25巻5号805頁、同昭和48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照)。
 そして、民法715条1項に基づく損害賠償債権における「加害者を知った時」とは、被害者が、加害者と使用者の使用関係の存在に加え、当該不法行為が使用者の事業の執行につきなされたものであると一般人が判断するに足りる事実をも認識することが必要となる(最高裁判所昭和44年11月27日第一小法廷判決・民集23巻11号2265頁参照)。
 被告は、第1章及び第2章において認定した一連の活動について、統一協会とは別個独立の様々な団体(連絡協議会、信徒会、原理研究会、世界平和家庭連合、野の花会、しんぜん会、北アクレインなど)が行っているという建前をとっているところ、それらの団体と統一協会との関係性については一般人からみても複雑であって必ずしも明白なものではなく、とりわけ、統一協会の信仰を持っていた原告らにとっては、脱会後においても、被告の上記見解を否定し、被告に対する損害賠償債権の行使が可能であると判断することは極めて困難であったと考えられる。
 そして、前回訴訟の判決は、連絡協議会と統一協会との関係性について詳細な事実認定を行い、連絡協議会という統一協会とは独立の組織の存在自体が極めて疑わしいと判示した初めての判決であって、原告らにとっては、この判決の確定によって初めて、信徒会や連絡協議会ではなく、統一協会こそが賠償義務者であると理解することが可能となり、被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求が可能な程度に「損害及び加害者を知った」ものと解するのが相当である。

 甲第3号証によれば、前回訴訟の判決が確定したのは平成15年10月10日である。したがって、それ以前に脱会した原告及び物品を購入した近親者原告については、同日から、損害賠償債権の消滅時効が起算されるというべきであり、原告●及び同●以外の原告らの損害賠償債権について、訴え提起時までに消滅時効が成立していたと認めることはできない。
 なお、原告●については、平成21年3月31日に訴訟提起されているところ、第3章に認定のとおり、同原告は、祝福を受けて韓国に移り住んだが、その後、夫との生活に耐えきれず日本に帰国し、平成17年6月に離婚し、平成20年10月に脱会届を提出したものである。同原告にとって、統一原理に疑問を持ち始めたことが離婚を決意する要因となったのは確かであるが、韓国での夫婦生活に耐えきれず、心身ともに限界を来した結果、日本に帰国し離婚に至ったという事情や、同原告も他の信者と同様に信仰を持った後の棄教の罪深さを教えられていたことにかんがみれば、夫との離婚により直ちに統一協会の信仰を捨てたものと考えることは困難である。第3章において認定した同原告の脱会経過に照らせば、同原告が不法行為に基づく損害賠償請求が可能な程度に「損害及び加害者を知った」のは、信仰を捨てたことが明らかになった時点、すなわち統一協会の脱会届を提出した時点と解するのが相当である。
目次へ↑
第8 除斥期間について
 民法724条後段は、不法行為による損害賠償債権の除斥期間を定めたものであり、裁判所は、当事者の主張がなくても、除斥期間による請求権の消滅について判断する必要がある(最高裁判所平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁参照)。
 同条は、除斥期間の起算点について「不法行為の時から」と規定しているところ、前記第5に認定の損害のうち、損害賠償の除斥期間が経過した損害は存在しない。
第9 被告の損害賠償債務が遅滞に陥る時期について
 原告●以外の原告らは、その請求債権について、各原告が統一協会において実践活動を開始した時点から遅延損害金を付すべきであると主張するが、不法行為に基づく損害賠償債務は損害発生と同時に遅滞に陥ると解されるから、遅延損害金に関する原告らの主位的主張は失当である。
 原告●以外の原告らに対する損害賠償債務は、遅くとも、原告らが統一協会を脱会した後の日である別表C「附帯請求起算日(予備的)」欄の日には発生し遅滞に陥ったと認められ、原告●に対する損害賠償債務についても、同様に、遅くとも別表C「附帯請求起算日(主位的)」欄の日には発生し遅滞に陥ったと認められる。
 近親者原告らについては、遅くとも、最後の金銭拠出の日、すなわち別表C「附帯請求起算日(主位的)」欄に記載の日には発生し遅滞に陥ったと認められる。
第10 結論
請求原因13の事実は弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。
よって、原告ら及び近親者原告らの請求は、主文1項の限度で理由があるものとして認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条を、仮執行宣言につき同法259条を適用して、主文のとおり判決する。
札幌地方裁判所民事第3部
      裁判長裁判官  橋 詰   均
         裁判官  戸 畑 賢 太
         裁判官  舘   英 子
目次へ↑